アジア開発銀行総裁退任式あいさつ 中尾武彦

Speech | 2020年1月16日

アジア開発銀行総裁退任式あいさつ 中尾武彦 2020年1月16日

1.はじめに

皆様、こんにちは。カルロス・ドミンゲス財務長官ならびにフィリピン国ADB総務、ベンジャミン・ディオクノ中央銀行総裁ならびにフィリピン国ADB総務代理、エルネスト・アベラ・フィリピン国外務次官、そのほかのゲストの皆さん、理事会メンバー、同僚、友人の皆さん。本日はこの会合にお越しいただきありがとうございます。

ビデオカンファレンスで参加してくれている現地事務所のスタッフを含め、これほど多くの同僚や配偶者の方々に出席していただけたことを大変嬉しく思います。

また、ドミンゲス長官やデボラ・ストークス副総裁、スタッフ・カウンシルのアウ・シオン・イー会長、ならびにシュルカニ・イシャク・カシム理事兼理事会会長からの温かいお言葉にも感謝しております。

今日が私のアジア開発銀行(ADB)総裁としての最後の日になります。2013年4月28日に着任しましたので、7年近くを務めたことになります。

その間に、ほとんどの域内、域外の加盟国・地域を訪問し、多くの国については何度も訪問することができました。海外出張は131回、750日に及び、各国の首脳、大臣、政府高官と面会し、学者や学生、ビジネスリーダーや起業家、市民団体、そしてメディアと意見交換を重ねました。また、さまざまなプロジェクトを視察し、受益者の住民の方々とも対話の機会を持ちました。域内加盟国を回るたびに、各国の開発に対する情熱、歴史の重み、それぞれの文化に対するプライドを感じることができました。

ADBにおいて、この7年間、各国政府、理事会、マネージメントチーム、スタッフとともに、我々は多くのことを成し遂げることができたと思います。私自身、多くを学ぶことができる、実りの多い7年間でした。満足と感謝の気持ちでADBを去ることができます。

2.アジアの変化

12月初旬に最後の出張で北京を訪問した際、中国の英語テレビ局のインタビュー番組に出演し、任期中にアジアはどう変わったかという質問を受けました。事前に想定していた質問ではありませんでしたが、日ごろ考えていた3つの点を指摘しました。

第1は、世界金融危機後、世界経済が全体として減速するなかで、アジアの途上国が堅調に成長を続け、世界経済の中での存在感をさらに増大させてきていることです。多くの国で、経済のファンダメンタルは健全で、成長のモーメンタムは維持されています

第2は、新技術の影響がより明らかになってきたことです。デジタル技術、人工頭脳、ビッグデータなどの新技術は、人々の生活を改善させ、いろいろな形の格差を埋める大きなポテンシャルがある一方で、所得格差の拡大、プライバシー、雇用への影響などの問題も抱えています。

第3に、グローバル化の進展、新技術、新興国の存在感の拡大などを反映し、地政学的にも、政治的にも、変化が見られるということです。そうした中で、マルチラテラリズムの役割が問い直されています。また、アジアインフラ投資銀行(AIIB)や新開発銀行(NDB)などの新たな国際的プレーヤーも出てきています。

3.ADBの役割

こうした中で、ADBが各国の開発を支援し、また、地域内、そして域外も含めた協調を推進していくという役割は、これまでにも増して重要になっていると思います。しかし、ADBがそのような役割を果たし、加盟国から評価され続けるためには、常にADB自身が改革を続けていく必要があります。

第1に、各国が自身で開発のための資金を調達し、プロジェクトの遂行能力を高めている中で、ADBはファイナンスの機能に加え、ナレッジの提供をさらに強化していくことが必要です。電力、交通、水、農業、教育、保健・医療、金融サービスなどの各分野には、高度技術を生かす大きな可能性があります。私の在任中に発足させたセクターグループやテーマグループが「One ADB」の意識を高め、知識を蓄積し、活用していく基盤となることを願っています。

環境社会配慮、調達、経済調査、財務、法律、リスク管理、独立評価などに関する専門性は、ADBのナレッジ提供に不可欠です。ADBが昨日発表にこぎつけた『アジア開発史-政策・市場・技術発展の50年を振り返る(Asia’s Journey to Prosperity: Policy, Market, and Technology over 50 Years)』は、50年にわたるアジアの開発を幅広い観点から論じています。ADBがアジア発のナレッジの生産に貢献する重要な例だと思います。

第2に、ファイナンス自体の機能を強化していくことも重要です。通常資本資金にアジア開発基金(ADF)の貸付機能とその資本を統合した2017年の改革は、通常の融資と譲許的融資の両方の拡大を可能にし、ADBのファイナンス機能の強化に大きく寄与しました。ADBの年間融資実績は、2013年の140億ドルから2019年には220億ドルまで増えました。

しかし、今後も、加盟国やADFドナーの増資の負担をできるだけ小さくしながら、アジアの中で存在感を示すことができるような十分な貸付とグラントの規模を目指す必要があります。そのため、加盟国とドナー、借入国がADBの将来についてのオプションを検討し、それぞれがどのような役割を果たすことができるのかを考えていかなければなりません。

ADB自体が、運営経費などを節約していく努力も必要です。これに関連し、昨年秋に、各国の発展段階に応じてより高い金利を支払う枠組みに多くの途上国の賛成も得て合意できたこと、より貧しく、より脆弱な国に対するグラント支援を、気候変動やジェンダーを含む重要な分野で強化していくADF13増資(2021年から24年を対象)の方向性がドナー会合で支持されたことは、大きな進展です。

第3に、国際的な課題にADBがより大きな役割を果たしていく必要があります。気候変動、海洋汚染、持続可能な開発目標(SDGs)、質の高いインフラの整備、医療における国民皆保険制度などの国際的なイニシアティブを実施していくにあたり、ADBのようなマルチ機関の役割は不可欠です。そうした観点から、2015年のCOP21の直前にADBが他に先駆けて掲げた「気候変動の適応、緩和のファイナンスの倍増」という目標を、2019年に1年前倒しで達成できたことを報告いたします。

昨年の気候変動ファイナンスの承認額は62億ドルに上りました。

第4に、民間セクターやマルチ及び二国間の開発パートナー、市民団体とのさらなる協力が必要です。各国の開発の促進にあたり、民間セクター向けの融資や出資を拡大することにより、民間の活力を生かしていくことが求められています。官民パートナーシップ(PPP)などを通じて民間資金を動員することも重要です。さらに、開発パートナーや民間との協調融資やリスク分担も推進する必要があります。

第5に、以上のようなADBの役割を果たすうえで、忘れてはいけないことがあります。それは1966年のADB創設後に渡辺武初代総裁が言っていた「教える前に学べ」という言葉です。各国政府はさまざまな制約に直面しながら開発の努力をしています。マルチ機関の役割が問われる中、各国の事情にまず耳を傾け、それを踏まえながら、ADBのスタンダードを守りつつ、スピード感を持ってADBとしての支援を進めていく必要があります。

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Takehiko Nakao: “Overview of Asian Development”

チャンネル登録者数 1.24万人  Takehiko Nakao: Former President, Asian Development Bank

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4.スタッフへのお願い

ADBの総裁を辞すにあたり、スタッフに私の言葉として覚えておいてほしいことが3つあります。

第1に、明確性と付加価値です。美しいレトリックであいまいにせず、自分たちがやっていることは何を目的にし、どんな手段でそれを達成しようとしているのかを明確にし、ADBならではの付加価値のある仕事に心がけてほしいと思います。関連して、確立された外部の権威に頼るのではなく、オリジナリティがあり、かつ世界にモデルを示すようなナレッジの創造を目指してください。

第2に、変革することへのガッツとチャレンジする姿勢です。アジアも世界も大きく変貌する中で、途上国のニーズも変化し、多様化しています。そうした中で、ADBが自らを変革できなければ、その意義は下がっていってしまいます。特に組織のマネージャーたちには、変革することへのガッツを持ち、同僚とよいコミュニケーションをとり、新しいアイディアにオープンであることを求めたいと思います。また、若いスタッフにも、常にチャレンジし、自分のアイデアを表明する姿勢を持ち続けてほしいと思います。

第3に、プライドと謙虚さです。ADBはアジアの中にあって、オペレーションとナレッジの機能を持ち、各国の友好や協力を推進できるユニークな機関です。そこに働き、地域の開発に貢献できることに高いプライドを持ち続けてほしいと願っています。同時に、ADBは、加盟国の納税者の拠出により成り立ち、貧しい人々のために働いているという基本を常に心にとどめてほしいと思います。

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Interview with Takehiko Nakao, president, Asian Development Bank – View from ADB 2016

1,448 回視聴 2016/05/02   The Banker 登録者数 9540人
Stefania Palma, Asia editor of The Banker, speaks with Takehiko Nakao, president of Asian Development Bank, during the 2016 ADB meeting held in Frankfurt, Germany.

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5.未来に向けて

アジアは大きな発展のポテンシャルを持っていますが、同時に、根強い貧困、ジェンダーのギャップ、気候変動、都市化や高齢化などまだまだ多くの課題を抱えています。ADBはこのような課題に取り組み続けるという大きなミッションを持っています。自己満足に陥る余地はありません。

私の仕事を、国際金融や開発で長い経験を積んだ浅川正嗣さんが引き継いでくれることは幸いです。私自身、浅川さんとは何度も一緒に仕事をしたことがあり、信頼を寄せている方です。どうか、新総裁のもと、一丸となってADBのミッションを追い続けていくことを期待しています。

ホスト国のフィリピンには心から感謝をしたいと思います。マニラが本部であることにより、勤勉で、親切で、有能なスタッフに恵まれてきました。ドミンゲス長官にはい くつもの貴重なアドバイスをいただきました。おかげさまで、フィリピン政府とADBの協働は近年拡大、強化されてきました。

マニラでともに生活し、忙しい私を励ましてきてくれた妻麻子と2人の息子たちにも感謝します。その麻子を助けて、ADBのコミュニティを盛り上げてくれたADB職員配偶者アソシエーション(ADB Spouse Association)のメンバーにも感謝の気持ちでいっぱいです。

最後になりますが、改めて、加盟各国の政府、ともに働いてきた理事会のメンバー、マネージメントチーム、歴代の総裁室のアドバイザーたち、私を世話し続けてくれたシーラやリン、本部とフィールドオフィスのスタッフとその家族たち、いつもおいしいお茶を出してくれたオドン、どこに行くときもついてきてくれた警官や警護スタッフ、ドライバー、そのほか施設や食事などにかかわるスタッフ、私を助けてくれたすべての皆さんに心からお礼を申し上げます。

ADBのますますの発展と皆様の活躍をお祈りしております。この7年間、本当にありがとうございました。