ノルウェーにいる頃。
「一点突破」をやれば、ダイナミックに生きられる
と思いつきました。
様々な要素技術を磨く時間がない。
英語力、マーケット勉強、プロジェクトファイナンス、
説得力 暗記、話し方など勉強はやめた。
マーケットは待ってはくれないからだ。
で、「道は必ず見つかる、いや見つけてやる」
と、動き出したら、1年で世界の造船マーケットの
80%以上シェアを取ることが出来た。
当時勤めていた「日立造船」は、5年が過ぎるころ
「超優良企業に生まれ変わっていた。
以降半世紀、様々な分野で世界マーケットを、ほぼ
席巻で来た。
日本の若者たちの応援団を自任して足掛け「30年」山元学校を
主宰して来たのは この「一点突破」の生き方を
伝えたく思ったからです。
とまれ、日本は失われた30年が 40年になるだろうと
危惧している。
実業界、国際政治 国債経済、その他の分野でも
「遅れを取っている」。
いつの間にか 私も今年は78歳となる。
バトンタッチの時代が始まった。主役は もう
若い人たちの手の中にある。
我こそは時代の盟主たらんと思う人
ぜひ 手を挙げて、後を継いで欲しい。
待っているぞ!!