杉浦重鋼先生に学ぶ。昭和天皇の倫理の先生。 20200927(日)

______________

昭和天皇が学ばれた杉浦重剛氏の「倫理」を読みましょう。第一として「三種の神器」のお話しです。この「倫理」は日本人が先祖から引き継いできた、帝王学として学ぶことができます。

2020/04/30 
人生100年大人の学びチャンネル チャンネル登録者募集中

______________

__________________

天照大神が 瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を 大八洲に降すときに 三種の神器(鏡・玉・剣)を授けました その時に言われた言葉です 。

これは、私のことだと思って思い出しながら 国づくりに励んでくださいと授けました 三種の神器は、知・仁・勇の3つの徳を表します 。

鏡:は明るく曇りなく万物を照らして正邪曲直を見分けます 知に相当します 善悪黒白を判断します 。

玉:は円満にして温順、慈悲深い人です 仁に相当します 博愛のことです。

剣:は勇気決断を示します 文武の道では鏡が文、剣が武となります。

三種の神器が、知・仁・勇を示していることが お分かりいただけると思います。 中国の「中庸」にも書かれておりますのは 人間の世界の人倫五常である。

 

君臣・父子・夫婦・兄弟・朋友も 知・仁・勇の3つの徳がないと達成できないのです 。

知はその道を知り仁はその道を示し 勇はそれを実行すること なのです ところで、西洋では 知・情・意 で人間の心を説明しています。

知は事物を知覚すること情は自然の人情でその純粋な形が 仁です

意はことを行おうとする志で 困難に当たっても挫けずたゆまず断行するのが勇です 優秀なる人格の人は完全な知・情・意を持っています 東洋も西洋も同じ考えです 。

 

知・仁・勇 (西欧では知・情・意) この3つを目的として修養なさってください 過去の天皇では 天智天皇

知 支那の制度、群県制採用 仁徳天皇:仁 民の富めるは朕の富めるなり 神武天皇:

勇 東征の御英断 それぞれ3つの徳を兼ね備えられた天皇たちでした 明治天皇も3つの徳を全てお持ちだった方です 知を磨くには沢山の学問を修得し 古聖賢の言葉を噛み締めるのがいいです。

学んで道を進む時には明るい鏡が物を照らすように どんなに複雑なことでも迷わずに、善悪正邪を判断できます 仁は何千万人もの国民の親になりますので、 国民を慈しむ心の情をお持ちになることが一番重要です。

現在、各国が競争状態にあり、むづかしい問題が沢山出てきます こんな時にこそ、勇気を奮って、 逃げたり怖がらずに処理するのです それが、勇です 中国も西洋も3つの徳を大切にしています。

天照大神の三種の神器に託されたお言葉は 深く大きな意味があるのであります 最後に一言申し上げます 倫理はただ口で言えばいいというものではありません 自ら実行して実践するものでなければ実際に役立つことがありません 實践躬行が一番大切です 。

不肖私、至らないことが多く60年以上経ちます しかし、知・仁・勇の気持ちでやってきました 殿下におかれましては、実行されることをお考えください

 

____________

日本中学(現日本学園中高男子一貫校)の創設者。杉浦重鋼先生に学ぶ。

 

 

 

___________________

昭和天皇が学ばれた杉浦重剛氏の「倫理」を読みましょう。第二として「日章旗」のお話しです。この「倫理」は日本人が引き継いできた帝王学として学ぶことができます。

2020/04/30 人生100年大人の学びチャンネルチャンネル登録者数 111人

___________________

__________________

今日は杉浦重剛氏の「倫理」 第二として日章旗のお話です 白地に日の丸が日本の国旗です 源平の時代には、武士は扇子に日の丸を書き込んでいました。
 
徳川の時代となって、御朱印船に使われておりました 三代将軍の家光の時代から鎖国に入りましたので 海外貿易もあまり行われず日の丸旗は使われませんでした しかし、幕末に外国軍艦が大挙して来るようになって 大名も対抗上船を作るようになりました。
 
鹿児島の島津斉彬が日の丸の使用を幕府に上申し 安政元年(1854年)国旗として制定されました 明治天皇の時代には 明治3年(1870年)日の丸と国旗とし ついで、陸軍旗、海軍旗を定めました 国旗は国の威力を表すものです ひとたび、戦いが起これば即座に軍旗を天皇と仰ぎ奉り 一身を捨てて戦うべきです。
 
国旗はそれぞれ特色があり、米国は星、トルコは月、支那は龍、暹羅は象などを表しますが、深い意味はありません しかし日本の国旗は太陽を表し、深い意味を持っています 太陽は太陽系の中心で地球を含めた惑星の まとまりを作っています そして、熱と光の源でもあります 全てのエネルギーの元なのです。
 
もう少し踏み込んで考えますと 闇を照らすのは明るくするのは光ですし 草木が繁茂して、花が咲いて、実を結ぶのも 光と熱によるものです 道徳上の意味を考えますと
 
太陽は 知・仁・勇 を兼ね備えています
 
闇に光明を与えて万物を照らしその黒白正邪を識別する
 
知 草木を生育・繁茂させ花を咲かせ果実を結ばせるのは
 
仁 熱で金属を溶かしたり、暴風や雷雨を起こすのは
 
勇 皇室の祖先である天照大神は太陽として崇められます
 
知・仁・勇の三徳と光明を放たれる存在です
 
このように日本人は昔から太陽を崇敬していました  
 
もっと広げると、人間社会はもちろん 地球上のすべてのものが光熱によって支配されています。
 
太陽がなければ農商工業は存在できないのです このように太陽の人間社会での役割は 言葉では言い尽くせないほど宏大なので。
 
皇室の紋章である菊も、花と見えますが 太陽がその光を放つ形にも見えます 菊花第一という鎖国時代の歌があります 花という花の末には咲きぬれど 上に匂わん花なかりけり 一番最後に菊が咲くが、
 
 
香りはこれを超えるものはない 世界列強の中で、日本は後進国となるところもありますが 国力・文明世界に冠たるものになります 御紋章は、太陽に大変よく似ているのであります

 

 

 

 

 

_______________

昭和天皇が学ばれた杉浦重剛氏の「倫理」を読みましょう。第三として「國」の話しです。この「倫理」は日本人が引き継いできた帝王学として学ぶことができます。

2020/05/01 人生100年大人の学びチャンネルチャンネル登録者数 111人

__________________

________________

今日は杉浦重剛氏の「倫理」 第三として「國」の話です 御進講は1914年、第一次大戦開始の時点です。
 
日清・日露戦争を経験した日本が 世界の列強の中でどうあるべきかが 語られています 世界地図を広げますと 赤青緑などいろいろな国が沢山ございます。
 
国とはどんなものかと申し上げますと ある一つの地域に置いて集合した人々が 同一の政治の下に団結したものです その国の政治の形はいろいろありますが、それぞれ 国の繁栄するために努力しているのは皆同じです。
 
 
個人について考えますと意思が弱くて努力しない人は 必ず社会の競争で負けます それに反して不屈の精神を鼓舞して 強い意志を持って頑張る人は必ず優勝者になります 国も同じです。
 
国民が軟弱な時は国運が衰えます 剛健な時は繁栄します 例えば軍備を考えてみましょう。 百万の兵に対しては百五十万の兵 五十万トンの船に対しては百万トンの船 と際限がありません。
 
これは軍備に限ったことではなく 商業においても工業においても常に激烈な競争がありまして 平和な時でも勝敗を争っているのであります 徳川三代将軍家光の時に鎖国して200年 欧米諸国は日本が2600年一貫して文武を鍛えていることを知らず 。
 
日清・日露戦争勝利の実力に驚いています 日本国民は世界に誇る武力を持っていますが これを軽々しく戦いをするためには使いません。
 
むしろ東洋の平和を維持するために 常に力を尽くしています その結果日英同盟が明治35年から続いています 。
 
今回(1914年)世界大戦が始まりましたので その経緯についてお話ししたいと思います 1870年にドイツはフランスと戦って大勝しました。
 
ドイツはアルザス・ロレーヌ地方と 50億フランの賠償金を獲得しました その後ドイツはオーストリアイタリアと三国同盟を結びました 一方フランスはロシアと同盟を結び三国同盟と対抗しました。
 
今回の世界大戦は諸国の利害の衝突と スラブ民族、ゲルマン民族の反目によって起こりました 英国はフランスとロシアを支援します 英国が既に参戦しましたので 日本は英国を支援すべきです。
 
これは個人間で信義があるのと同じように 国と国の間にもまた信義が必要だからです 私が考えますには国と言うものは、まず国力を充実せしめて その上で正義の道を行くべきなのです。
 
もしそれに反する場合は大きな災いになります 日本帝国は2600年常に正義を守って参りました 将来もこの世であると確信します それが国運を盛り立てる道です 欧米諸国の強国はアーリア人の国々です。
 
東洋では支那は力がないので、日本はアーリア人と 対抗する事を考えておくべきです 世界は人種の競争に行き着くだろうと皆思っています このことを忘れてはなりません

 

_____________

昭和天皇が学ばれた杉浦重剛氏の「倫理」を読みましょう。第四として「兵」の話しです。この「倫理」は日本人が引き継いできた帝王学として学ぶことができます

2020/05/01

_______________

______________

今日は杉浦重剛氏の「倫理」 第四として「兵」のお話です 孫子が言っているように 「戦はしないのが最上」です しかし、歴史を見ても戦争は避けられないでしょう 一度、戦いになったら勝たねばなりません そのためには、日頃の準備が必要です 古代中国に兵法の大家で「孫子」という人がいました。
 
戦いと言うのは命がけで存亡がかかっているので 熟慮して取り掛かるべきである 戦いは本来やってはいけない 武と言う事は戈(ほこ)を止(をさ)めるという字です 平和を意味するのです また名工岡崎正宗は刀を鍛えるときに 心の中で平和を祈願していたそうです。
 
 
しかし現在は国として戦争の準備をしていない国はありません 孫子も相手をあてにしてはいけない 自分から準備しておくことと言っております 世界に平和な黄金時代が来ますと言っている人がいますが 現在は戦争は避けられそうもありません 平和の良い夢見てね戦いを忘れ あるいは軟弱で戦えない国民は滅びるしかありません
 
 
歴史が始まって5、6千年間 戦争の記録で満ち溢れているのです しかし日露戦争で見たように戦争は多額のお金がかかります そして多数の兵士も失います ですから戦いを好む国はその国を滅ぼすのです。
 
 
ですから平和はすべての人が望むことで そして国家の幸福でもあります ですからやむを得ない時だけ戦争すべきです 例えば日本の権利を犯されたり 独立を危うくさせられてある場合 あるいは隣国あるいは同盟国のためなどです。
 
こういうときには国威をかけて大いに戦うべきです 戦うからには大勝しなければいけません 勝たなければ国を維持することができないのです 戦いで勝敗を決する一番大事な要因は武士的精神です ロシアとの戦いがそうでした。
 
ロシアは装備も兵隊も日本の遥か上でした しかしわが国固有の武士道精神で 一を持って十に勝つことができたのです この精神を鍛えて 正義の上で行動すれば負ける事はありません 閑話休題 土佐に武術を全く知らない土方という茶坊主がおりました 士分になり土方は土佐から出て江戸屋敷に詰めておりました。
 
 
ある晩真剣勝負の武士とすれ違い 真剣勝負を申し込まれます 武士の面目として断るわけにゆかず 4時間後に真剣勝負となりました 相手はすでに百人以上と 真剣勝負してきた武士でした 土方はびっくりして千葉周作道場に駆け込んで 病臥中の千葉周作に頼み込んで教えを乞いました。
 
剣術の心得がないのでいかにして武士として 死すべきかという問いかけになりました 先生は「剣を大上段に構え、両眼を瞑って 腕か頭がヒヤリとしたところで剣を振り下ろす」 これで、相討ちになり 武士としての面目が立つというわけです。
 
いよいよ本番です 土方は言われた通り魂を丹田に収めて落ち着いて 大上段に構えて両眼を閉じます しばらくして、相手の武士が「恐れ入った」 と刀を投げて地面に伏せていました。
 
 
土方は、武士を切ることもなく 打ち明け話をすると、 武士はぜひ弟分にして欲しいと願った 二人揃って、千葉周作のところへ寄り 先生は喜び二人は兄弟分になりました 決心を定めたことが剣道の奥義だったのです

 

 

 

_____________

昭和天皇が学ばれた杉浦重剛氏の「倫理」を読みましょう。第五として「神社」の話しです。この「倫理」は日本人が引き継いできた帝王学として学ぶことができます。2020/05/02 

______________

今日は杉浦重剛氏の「倫理」 第五として「神社」のお話です 日本の神社は、過去に偉業のあった 天皇・人々を神々として祭っています 仏教とキリスト教の信者は未来の幸福を求めて信仰する ところが、日本は先祖を敬うことだというお話しです では講義に入りましょう。

 

日本は昔から大小の神社が無数に存在し 八百万の神々をお祭りする国です 天皇家から一般庶民まで神を尊敬する誠意にあふれています 祀られている神様は、天照大神をはじめとして 歴代天皇で徳の高い方々 天皇の臣下で忠孝の手本となるような方々 すなわち、八百万の神々と言うのは結局は天皇と臣下を 祭ったものに過ぎないのであります 。

 

外国の宗教で仮定的に作られた神仏とは違います 仏教及びキリスト教国民は一般的に 未来の幸福を求めるために信心しています 日本が上から下まで神様を敬う心を持っているのは そのような心では無いのです 現在の自分が、祖先を敬い誠意を尽くす と言うことになります。

 

既に歴史で学ばれていると思いますが 昔神武天皇がわが国をお作りになったとき 昔まず強い敵を倒し、都を選び、皇后を選び、制度を作り さらに論功行賞を行って国家体制を確立しました 神武天皇になって初めて日本本土を平定して わが国家の体制を立て、天下を統一されたのであります。

 

その時に神武天皇は先代の方々に鳥見山(とみのやま)に その志を遂げたことを報告されました 鳥見山(とみのやま)の神事は祭祀のありかた・意義として 大変重要なのです 外国の宗教が、地獄極楽を説き その信者は一身に死後の幸福をお祈りします わが国においては未だかつてなかったことです。

 

西行法師にこんな句があります 「何ごとの御座しますかは知らねども忝さに涙こぼる々」 一人の僧が、心の底から神を敬う気持ちが 溢れているではありませんか もう少し話を進めます 外国では宗教と国家が衝突することがあります。

 

例えば宗教上の主権者たるローマの法王と 政治上の主権者たる皇帝とが長年非常に激しく争ったことです しかしわが国においてはこのような心配とかは全くありませんし 歴史を振り返れば、逆に政治と祭り事が相互に一致するのです わが国の神々は私たちの祖先です。

ですからこれを祭る事は子孫として孝心を尽くすことなのです これを家にたとえますと祖先を祀るという事は 特定の日に祭礼を行うだけでは不十分です 祖先が残した家はその子供たちがよくそれを守り よくそれを拡張すべきなのです 。

そして先祖をお祭りすべきなのです 国においても同じです 祖先が心血を傾けて作り上げた国、これを衰えさせることがあれば、 どうして祖先を祀ることができましょう。 ですからあくまでも奮進努力して、繁栄をさせるべきなのです これはすごくわかりやすい理屈です ですから、わが国は皇室にせよ政府にもせよ 神を祭ることでよく政を行ってきたわけです。

ここで祭(まつり)政(まつりごと)が一致するわけです 「まつり」と「まつりごと」は同じ言葉であり 同じ内容なのです それで、政治と信仰が合体して 国運を維持、発展させてきたことを考えるべきです 。

最近多くの人は武士道について語ります 武士道は下から尊ぶべきものであります しかし武士道以前にあってしかも わが国民の精神の根本をなしているのは神を敬う気持ちです 歴代の天皇は政に励み国民のことに 大変心を寄せていらっしゃいました 。

また国民は常に忠勇の心を磨いていました その源となるのが祭政の合一なのです 最後に一言付け加えさせていただきます 神が人に知らせる事は何かと言うことでございます 神の教えは大変幅広いです 神社を見てみましょう。

古くからの樹木(杉など)が天高くそびえ厳粛な雰囲気です 杉は直木(すぎ)、直なのです 神の道の根本も「正直」にあるのです ですから神を祀る人々の心も清潔にして汚れなく 正直なことが大事なのです 心だに誠の道にかないなば いのらずとても神やまもらん 正直の首(こうべ)に神宿る このようなことわざがございます これが、神の道になるわけです

______________

 

 

 

 

_______________

昭和天皇が学ばれた杉浦重剛氏の「倫理」を読みましょう。第六として「米」の話しです。この「倫理」は日本人が引き継いできた帝王学として学ぶことができます。 2020/05/02

______________

______________

今日は杉浦重剛氏の「倫理」 第六として「米」のお話です 天照大神は三種の神器とお米を瓊瓊杵尊に授けました ですから日本はみずほの国、全員がお米を食べる 栄養豊富、自給で成り立つ国 そして、経済もお米で成り立っていました 戦争が起こっても食料が欠乏すれば負けてしまう。

この大切さのお話です では、講義に入りましょう 米はわが国で最も歴史の古い穀物です 天照大神が瓊瓊杵尊を大八洲に遣わしたときに 三種の神器と稲穂を持たせました そして大八洲で育ったところ大変よく実りました そして日本の国をみずほの国と言うようになりました 。

歴代の天皇は祖先の心を引き継いで農業を奨励しました。 例えば崇神天皇は池を掘ったり溝を作ったり 堤防を築いたり農業の進歩改良を 全国で行いました ですから作物が取れたときには神様に捧げて 祭を行いました 。

「神嘗祭」は天皇が新米で作ったお酒とお食事を 伊勢神宮に奉納する祭です 「新嘗祭」は天皇がその年の新米を神に捧げて 自らも召し上がる祭りです とりわけ大嘗會(だいじょうえ)は天皇が ご即位と同時に行なわれる重大な祭です。

天皇が即位された時に最初に 新米を天照大神と他の神々に奉納する祭りです。 このようにわが国は昔から農業を重んじて お米を尊んで国の大本としてきました ですから国民は天皇のことを考え 田を耕して米を作ることに励みました 農作業は大変ですが皆一生懸命励みました。

ですから徳川時代には武士の次は農民でした 農民の苦労によって収穫された米は 国民の生命を支え、精神を養い そして国の経済を支えます 天皇から国民すべてお米で 体を養うだけでなく精神も養っています 経済的か観点から見てみましょう 日本の収穫四千五百万石といたします 一石15円としますと6億7000万円に相当します わが国の産業でこれほど大きなものはありません ですから不作のときには人々が沈んでしまいますし 豊作の時は心豊かに、元気で安心します。

 

日本は米によって国が支えられている と言っても過言ではありません 咋今の欧州列国の争いを見ていますと ドイツは12ヶ月で食料が欠乏しています このため軍隊もも国民もともに苦境に陥っています これではたとえ兵士が勇敢でも、戦いの最後の勝利ができません 日本は昔から農業を奨励していることで 国民の食べ物が国内で作れるのは 大変力強いことです。

欧州では米を作っておりませんし アジア諸国では米ができますが日本ほど質が良いものではありません こんな話があります 中国から日本に来た外交官で公使の人が 日本人の弁当を見て量が少ないのに驚きました しかし公使は日本で病気になってしまいました そして有名な漢方医のところに行って診察してもらいました 。

漢方医は公使を診察して あなたは中国にいる時と同じものを沢山よ食べている 食べ過ぎですので食べる物を減らしなさいと言いました 。

すると病気はすぐ治りました 米は我が国の宝物です みずほの国の名前の通り 農民が苦労してお米を作っていることを知り 国民がそれを毎日いただいていることは 自然に祖先に感謝を捧げる気持ちになるのです それと同時に国運、国民の心持ちなども 大いに気づくところが多いと思います

_______________

 

 

________________

昭和天皇が学ばれた杉浦重剛氏の「倫理」を読みましょう。第七講として「刀」の話しです。この「倫理」は日本人が引き継いできた帝王学として学ぶことができます。

_______________

_______________

★今日は杉浦重剛氏の「倫理」 第七として「刀」のお話です 武士の世界になって「武士道精神」が醸し出されました その精神を発揮するために、刀鍛冶でも名工は 心を込めて名刀を作ってきました このような背景があるので刀は切れ味が良くて、 折れにくく美しいものになりました 明治になって外国人が競って買っていったのです

では、講義に移りましょう 日本人は今まで外国と戦ってきて負けたことがありません これは国民が常に武道を励んできた結果です 大変喜ばしいことです 平安朝の終わりに豪族が出てきて武士が出ました 武士とともに武士道と言う精神的な訓練が行われました。

同時に日本刀の製造法が武士道に沿って行われました すなわち武士たちは最高の刀を作ることを 刀工に依頼したわけです 円融天皇の時代源満仲は朝廷の護衛を命じられ 陸奥剣工 文壽に刀を作らせました。

 

文壽は精神を集中して名刀を作りました 平家にも小烏(こがらす)という名刀がございます代々伝わり明治時代にも皇室に献納されました さらに歴史を振り返りますと、東宮の宝物に 壺切の剣というのがあります 醍醐天皇が皇太子だった時に宇多天皇から授けられました 代々皇室にも伝わり、立太子の礼で使われます。

 

このように朝廷も名剣を尊重されますし 武士は剣を自分の精神、霊魂とみなすので 刀剣製造の技術は日進月歩しました 名工をあげますと京都には三条小鍛冶宗近、粟田口吉光 鎌倉には岡崎正宗、

 

その養子貞宗、門人郷義弘がいます 後世は吉光、正宗、義弘を三作と呼び名刀としました ほかにも、京都、備前にも名工はいました 日本刀の鋭利さは外国には見られません 単に鋭利なだけでなく曲がらず、折れず、 強さと粘り強さを兼ね備えています これが日本刀の誇りです それは刀の製造法が素晴らしく繊細だからです 刀工が刀を作るときには、 まず禊をして神に祈り精神を集中します 。

数十日の間一心不乱に刀を鍛えあげます しかも百本作っても全てが良いものではありません 刀工が良い刀を作るのにどれほど苦心しているかと言うことです 最近まで宮内省の御用係を務めた堀井胤吉は腕のいい刀工でした。

一生独身でした、その理由は 妻子がいると費用がかかりその費用を稼ぐために偽物を作ったりする 自分は独身で納得できる本当の刀を作るためです、

といいました 別の刀工は、刀が武士の魂ならば これを作る我々の精神も鍛えなくてはなりません、といいました このように日本刀を作るには大変な苦労をしているのです ものを見るときに出来上がったものだけ を見ているのでは十分ではありません 。

これを作るときの苦心がどれほどかを考えて ものを見ると大変奥深く見えてきます このように苦労して日本刀を作っているので、 武家が刀を尊重するだけではなく朝廷でもその苦心をお考えになって 名工には名誉の官位を授けらることもありました 後冷泉天皇の時代 支那の商人が日本の名剣を買って帰りました。

支那人は大変喜んで、当時の高級官僚で文学者の欧陽脩が 「日本刀歌」という長文の詩を書きました 支那人だけでなく明治維新以後は西洋人も大量に刀を購入し 宝物にしていると聞いております 三宮式部長官の時、ある米国人が日本刀を注文したそうです 何に使うのですか?と尋ねたところ 熊を射止めるのには日本刀でなければダメなのです。

鋭利でしかも折れず、曲がらずは日本刀だけです 日本刀は世界に比べるものがないほど優れています 日本人もまた世界で孤立しているわけには参りません 非常に切れ味が良く強くて、 粘りがあるこれは日本の武士の特徴です 。

これは決して消える事は無いと信じていますが 欧州の文明と接触が濃くなるにつれて もしかすると急速に衰退してしまうかもしれません 現在日本刀の製造法が忘れられているのと 似ているかもしれません。

これはものすごく気をつけなければならないことです 刀を作ると言うことだけでも 先ほど述べたような大変な苦労があります ましてや人間を鍛えると言うことでは その何倍もの苦労がある事は明白です しかしそれを行った後初めて日本武士の精神を 永遠に伝えることができるのです。

_______________

__________________

__________________

 

__________________