故郷を忘れた日本人へ 20230806

日本は「失われた30年」「少子化・人口減少」で経済的、社会的にも凋落                  傾向が続き元気がありません。第2次世界大戦後、GHQのウォー・ギルト・イン                           フォメーション・プログラム(War Guilt Information Program)が原因の一つで                           「人間を強くする」歴史観、価値観、伝統的な文化、武士道精神、習慣まで悉く                             否定され破壊された経緯がある。あろうことかダグラス・マッカーサーは(欧米人                              は壮年)「日本人は12歳の子供」と揶揄した。私たちは国旗掲揚や国歌斉唱も憚れ                        る時期があった。では現在の日本の状況はどうなのか? 仁平千香子さんが著書                        「故郷を忘れた日本人へ 」の中で、見事に現代の日本を活写している。

「不安という原動力」によって動かされる私たち(大衆)は、自ら社会基盤を壊して                  行く。 近視眼による損得勘定コスパで行動を決定し、歴史を通して社会を支えて                           来た伝統や規範の価値を容易に残念ながら否定するようになってしまった。

現代に生きる私たちは「どのような姿勢と覚悟」で対応し生きて行けば良いのかを                         唆している。ご本の中身は次のとおりで、私たちの必読の書となっている。

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仁平千香子『故郷を忘れた日本人へ:

なぜ私たちは「不安」で「生きにくい」のか』
(啓文社、2022年12月発行)

(肩書・所属:作家、元山口大学講師)

国力は軍事力や経済力のみによるものではない。国民一人一人の精神の                             強靭性があってこそ支えられる。「日本人としての誇り」を持たず、無気                              力な若者が増える現代、「国民の精神の弱さ」は喫緊の課題である。本書は、                               日本国民の脆弱性の問題を、祖国への尊厳を忘れ根無草状態にあることに                              原因を探り、根無草状態とはどのような精神状態かを分析し、現代の歴史                                 教育によって、どのように引き起こされて来たかを判り易く説明している。

タイトルが示唆する通り、不安が支配する時代に人々が感じる生きにくさは、                          自分と日本との繋がりを忘れていることに、原因があると言う。特に正しい                           歴史を教えられない戦後の日本人は、自分たちが享受する日本のあらゆる                               豊かさが「先人の努力と献身の賜物」であることを知らず、感謝する機会                                  もない。

歴史が試験対策のために年号や記号を暗記させられるだけの科目になった現代。                         お陰様を知らない生き方が、感情に容易に流され、感情を煽る大衆メディアに                           容易に流される日本人を形成しているという。お陰様を知らない日本人の脆弱                           性の理由について、自分の根を知らない(または尊敬できない)人間は、「自                            己肯定感が低い」ため、主体的に思考する意欲に欠け、結果他人に依存しやす                              い人間が増えるという。

逆に「お陰様を知る人間」は、今与えられている日常が、日本の歴史という奇跡                          の集積であり、結果として存在する自分が「かけがえのない存在」なのだと知っ                             ている。自らの命を軽んじることはなく、先人に恥じぬよう「自分の役割を全う」                       しようとする。この生き方は戦前の日本人の在り方と重なる。戦前の歴史教育が、                             教育として正しく機能していたことを示す。

歴史教科書の間違いを正す活動はもちろん重要であるが、たとえ満足のいく教科書                             が出来上がったとしても、教師も生徒も歴史を学ぶ意味を正しく理解して歴史と向                         き合おうとしなければ、教科書の役割も半減してしまうだろう。歴史を学ぶ意味の                           根本的な部分を、具体的な例と多角的な視点をもって説明する本著は、読者の心に                         響く言葉で溢れている。

日本人は幸福度が低いと言われるが、お陰様を知る生き方を勧める仁平氏の作品は、                        そんな日本人の自信を回復する一助となるであろう。歴史教育が芯の通った強い日本                        人を育てるために必要であるという、「日本再興に不可欠な視座」を提供する重要な                           作品である。また本書は各章ごとに豊富な文学作品を取り上げて議論を展開。日系アメ                        リカ人・引揚者による故郷喪失を描いた作品を始め、芥川龍之介、村上春樹、カフカ、                      ベケット、スタインベック、エンデなどの文学作品、さらにトルストイやエーリッヒ・                   フロムなどの哲学を通して、故郷の役割、内側に堅固な軸を持って生きる大切さ、資本                       主義が生き方を歪ませる現代の問題、死生観を失った現代人の生き方など多岐にわたる                         問題が提起され、非常に読み応えがある。

海外の古典作品を取り上げながらも、その内に日本社会の問題が映し出されるという論              の展開は、仁平氏の文章の独特な魅力ともいえる。文学と聞くと読者を限定してしまい                     そうなイメージがあるが、本書は文学論というより、物語というわかりやすい例をもと                     に社会や人間を深く分析している。文学が学者の研究書でしか語られなくなった現代に                         おいて、「人間の普遍性」を追求する「文学の本来の役割」の必要性を思い出させる                      仁平氏の作品は担っている。現代に生きる私たちの「必読の書」だと思う。

以上