今日は日曜日。ムー大陸に想いを馳せようか? ある人が、「ムー大陸の最後の大統領」と聴いたことがある。日本のシャーマンと呼ばれている方からで、ムー大陸は本当に存在したのだろうか? 夢と謎はとてつもなく膨れあがる。
人類の起源や宇宙人の話など、検索するたびに、興味が深まる。壮大なロマンが 随所に見つかる。ただ地球の命を考えると、悠長なことは 意っていられない。いずれ地球は「赤色巨星」になって大爆発。超新星になる運命なのだ。
それは何十億年も先の話だろう。だが最近の環境汚染を考えると、赤色巨星になる遥か前から、きちんとした手を人類が打って行かねば、300年ぐらいで地球は住めない環境になってしまうと危惧する。プラスチックゴミ汚染や大気汚染の過酷化。人が原因の自然災害が年々悪化する。
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環境行動誌「BlUE EARTH 3.0」を10年前にシリーズで発行したことがある。10年の時を経て 今でも読み応えがあると復活してくれた仲間がいる。
★ジーレックスジャパン㈱社長の石川博信さん 岩瀬貴之くんたちだ。電子出版のカタチで世に出してくれた。有難く感謝しています。復刻版は閲覧専用のアプリをインストールして、0円で購入して下さい。★有料になる前に ぜひ お読みください。
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テーマ 水問題
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テーマ 農業
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Androidの場合
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宇宙人が 地球人に捕まったところ。
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★様々な画期的な科学技術が創意工夫されて発展しているのは承知しているが、環境悪化は 中々食い止めることは難しい。人類の叡智を集め、もっと鍛え上げねばと強く思う。「全人類」が「立ち上がる時」が来ている。
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★私たちの日本だけでも これだけの問題が存在する。世界のSDGsを達成するのは 並大抵な努力では 追いつかない。朝日新聞のまとめでは 次のとおり。数字が何を物語るのか? 考えて見よう。
★世界の国々が経済発展を遂げてアメリカ、あるいはヨーロッパ並みの豊かな生活になるだけでも、世界の環境は最悪化する。日本を含めた世界の国々が豊かになるだけ 地球は疲弊する。難しい問題だ。日本と同じベルになるだけで、地球が 3つあっても足らない。
備考 :シャーマン(呪術・宗教的職能者)shaman
言葉時点によれば:シャーマンとは、神や精霊との直接接触からその力能を得、神や精霊との直接交流によって託宣、予言、治病、祭儀などを行う呪術(じゅじゅつ)・宗教的職能者。役割を果たす際に、トランスtrance(意識の例外状態)のような異常心理状態になることが多い。男女あるが、地域や民族により比率が異なる。シャーマンになるのには大別して二つの方法がある。一つは、神霊や精霊が特定の人物を選んで試練を課し、強制的にシャーマンに仕上げるもので、召命型といわれる。他は、いろいろな理由から個人が意図的にシャーマンになることを志し、多くは先輩シャーマンの指導により、学習・修行を続けて一人前になるもので、修行型とよばれる。いずれの場合も、神や精霊との直接接触・交流の力能の把握が中心となる。わが国では巫者(ふしゃ)とか巫女あるいは巫覡(ふげき)とよばれる。[佐々木宏幹]
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ワンダーウォール ! 2018/05/14
ウィキペディアによれば:
ムー大陸(ムーたいりく、英: Mu)とは、かつて太平洋の南中央部に存在したが天変地異により水没した、と一部の研究者が主張していた空想上の大陸。現在では複数の海底探査結果により、ムー大陸の存在は学術的に否定されている。
★だが、映像を見ていると 最近でも、海底で幾つもの新しい発見が続く。岩石文字の他、海底に眠る巨大構造物や沖縄の人面岩など、興味が尽きない。歴史の常識は、良く覆され非常識となり、また常識となって 過去の論争を見ると とても面白い。ロマンだ。
ムー大陸の位置
なんだかムー大陸の生き残りのような皆さん。一般社団法人SDGs縄文ネットワークのメンバーと信濃川火焔街道連携協議会、十日町笹山じょうもん祭りの人々
海洋底探査による学術的な否定
チャーチワードの時代(20世紀初頭)は、太平洋の深海まで潜って海底探査できるだけの科学技術力がまだなく、ムー大陸は肯定であれ否定であれ証明する手段がなかった。20世紀後半に入ると、海底1万mの海溝最深部でも潜れる深海探査艇が作られ(バチスカーフなど)、本格的な海洋底探査が可能となった。
地中を探るボーリング技術も格段に向上し、深海底のさらに下にある地層掘削までも可能になった(地球深部探査船「ちきゅう」も参照のこと)。科学技術の発展により、太平洋の各海域で探査が行われるようになると、「太平洋の海底は、1億年前や数千万年前からずっと海だった」ことを示唆するデータが相次いだ。
1968~1984年に太平洋全域で深海堆積物の掘削が行われ、東京大学海洋研究所の小林和男名誉教授らが2000超に及ぶ太平洋海底のサンプルからレアアース泥の分布を調べた結果、南東太平洋では平均層厚が8.0m、中央太平洋では平均層厚23.6mものレアアース泥が存在することが分かった。高濃度のレアアース泥は100万年かかっても50cm未満の堆積に過ぎないとされているため、8m~23m堆積した場所は、数千万年前から海底であったことが示された。
同様に各海域で調べられた中部太平洋のマンガン団塊(生成速度は1000年で0.5cm以下)の分布も、現在の太平洋中央域が数千万年前から海底であったことを示唆するデータであった。これは日本でも、南鳥島の近海で密集したマンガン団塊が発見され、海底で長い歳月をかけて形成された海底資源としてニュースになった。
海底堆積物のさらに下にある海底地質調査でも、数千年前からずっと海底だったことを示すデータが出てきた。もしも沈んだ大陸があれば花崗岩質岩石の厚い大陸地殻が海底地質に存在するのだが、各海域で行われたボーリンク調査の結果は玄武岩質岩石の典型的な海洋地殻で、大陸の陥没を示す痕跡は確認されなかった。
地質の年代測定では、海嶺部分が最も年代が新しく、海嶺から離れるにつれて年代が古くなるというプレートテクトニクス(大陸移動説)の正しさを証明するもので、太平洋中央域については1億4300万年~6500万年前という白亜紀からの海洋地殻だったことが判明した。
複数の海洋底探査によって「太平洋の海底は1億年前や数千万年前からずっと海だった」ことが示される一方、約1万2000年前に突如として海に沈んだというムー大陸の痕跡は、海底堆積物からも海底地質年代からも見つからなかった。
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荻原光輝 2018/12/09 チャンネル登録 1.1万 超古代日本巨石文明の痕跡が沖縄にあります。 そこには、ムー大陸を示唆すものであるとの説が・・・
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また、海洋底探査が証拠となったプレートテクトニクス理論により、大陸プレートが海底に没するには数千万年超の長い歳月が必要である(ムー大陸のように短期間の大陸沈没が起こりえない)ことも、地球科学におけるコンセンサスとなった。 現在までに判明した海洋底探査の様々な学術データの統合から、約1万2000年前に太平洋から突如沈んだとされるムー大陸は存在しなかったと考えられている。
日本の海に眠る海底遺跡3選。
ランク帝国 2017/11/24 海底遺跡と聞くと、 アトランティス文明やムー大陸を 思い浮かべるかも知れませんが 実は日本にも海底遺跡は多く存在しています。 今回はそのなかでも 特徴的なものを3つご紹介します。
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★熱海港の沖合1キロに海底遺跡?? 与那国海底遺跡。ロゼッタストーンの一部が発見された?ホピ族の石板と酷似している?世界の歴史がひっくりかえる? 沖ノ島海底遺跡。島の沖合50mの深さ。だんろの神像が発見された~宇宙人? 古代シュメールと共通のものが見つかった? ワクワクする映像だ。
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Google Earthで海底遺跡を見つけることができるそうだ。
日本民族がムー文明の末裔だったことの、11の証拠を提示しよう!
シュメール人は、どこから来て、どこへ行ってしまったのか? シュメール人と日本人の共通点
CH世界不思議・謎 2018/05/08 チャンネル登録 1.6万 シュメール人は、どこから来て、どこへ行ってしまったのか? シュメール人と日本人の共通点 【古代日本とシュメール】日本の神社や神域で発見される古代文字ペトログリフの謎
★「菊のご紋章」と同じものがメソポタミア文明の中のシュメール文明にもあった。三種の神器も同じと言っても過言ではない? 二ビルと言う惑星からやってきた「アヌンナキ宇宙人」も出て来た。シュメールは 出雲族に繋がる?この映像が史実に近いのか?興味は尽きない。人間がどのように作り出されてきた話も、ここでも見れる。
いときょうさんと小林芙蓉さんのお話は楽しみだ。
https://youtu.be/_j8QFqheOlo
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古代宇宙飛行士「アヌンナキ」に驚愕!シュメール文明に人類の起源「創造論」「進化論」を覆す新たな説!【異世界への扉】
異世界への扉 2018/07/12 チャンネル登録 2.5万
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★ウィキペディア:
有名な ジェームス・スチュワードによるムー大陸と顛末。英国陸軍大佐を詐称(英国陸軍に在籍の記録がない)していたアメリカ合衆国の作家、ジェームズ・チャーチワードによる説。彼は『失われたムー大陸』「The Lost Continent of Mu Motherland of Man」1926年、「The Lost Continent of Mu」1931年)等の一連の著作で、ムー大陸の環境や文化についても詳述している。
縄文時代の人たちは 良くジャンプしていたと言われて その気になった。マサイ族もよくジャンプするので そんなものかとジャンプした皆さん 宙に浮いている。
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jchurchward 2016/11/24 に公開 A short video about James Churchward’s theories on the Lost Continent of Mu
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与那国海底地形
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★ジェームズ・チャーチワード(英: James Churchward、1851年2月27日 – 1936年1月4日)は、アメリカ合衆国在住のイギリス人でムー大陸についての著作を書いた作家である。
父ウィリアム・チャーチワードが1890年に『ブルックリン・タイムズ』土曜版に沈んだ大陸についての投稿をしたとされ、ジェームズは父の遺志を継いだという。ムー大陸が存在したと主張し、仮説というよりまるで見てきたように詳細に述べた著作は、後に続く多くの類書の母型になった[1]。また、1931年4月20日アメリカ心霊現象研究協会(ASPR)で講演会を行なうなど心霊団体にも関わっていた。講演録は、ハンス・ステファン・サンテッスン『ムー大陸の理解』(1970年)に収録されている。1936年1月4日、84歳のときロサンゼルスで講演中に倒れ死亡。墓はニューヨーク郊外にあり「ムー帝国の紋章」(八芒星の中心に太陽十字を配したもの)が刻まれている。
チャーチワードらの沈没大陸説は、日本の偽史書『竹内文書』に影響を与えたと言われる。竹内文書は日本のオカルトに大きな影響を与えた。またチャーチワードは、岡田光玉が開いた新宗教・真光系諸教団にも影響がある。
日本では、チャーチワードの『失われたムー大陸』は、あやしげなオカルト本を大量に刊行し日本の超古代ブームやオカルト・ブームに火をつけた大陸書房の代表作であり、ベストセラーになった。
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チャーチワードは、1868年にインド(又はチベット、ミャンマー)でイギリス陸軍に所属していた際、寺院の僧に絵文字のある粘土板(チャーチワードはナーカルとよぶ)を見せられたという。1880年にイギリス陸軍大佐で退役し、この絵文字を解読したところ、ムー(チャーチワードによると発音はMOO)大陸の聖なる霊感の書であったという。友人のウィリアム・ニーヴンがメキシコで発見した石板を見せられた際にナーカルと同じ絵文字があったことがムー大陸の著作をするきっかけとなったという。絵文字はマヤのトロアノ絵写本、チベットのラサ記録に記載されていたという。
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AlternateWeatherHub 2017/10/22
だがその後、マヤのトロアノ絵写本は解読され別内容と判明、チベットのラサ記録は偽造文書であった事が発覚した。また、イギリス陸軍にも在籍の記録がないため、大佐での退役を始めとする軍歴は総て詐称とみなされている(経歴を信じるならば、16歳ですでに陸軍在籍、陸軍大佐で退役したのは28歳ということになる)。これらの事実のほかにも数多くの矛盾点が見出されている事から、ムー大陸の存在は学問的には完全に否定されている。
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ちなみにムー大陸の「ムー」とはチャーチワードが解読したとするナーカル文字に「ムー」という解読不能な言葉が繰り返されることから命名されたもので、「ムー大陸」という大陸があったという意味ではない。おそらく英語の「THE」のようなものと解釈される。ムー大陸の証拠とされるイースター島のモアイ像などがあるものの、地球物理学の観点からは「太平洋に沈んだ大陸は存在しない」とされている。
現在では、ムー大陸で「中心となっていた人種は白人種」で他の人種は白人種に隷属していたとするチャーチワードの説は、白人優越主義者であり、この一連の主張も、その主義の裏づけとするべく創作されたものとする声が強い。歴史学者の長谷川亮一は、チャーチワードらアトランティス大陸やレムリア大陸の実在を唱える説は、「白人優位主義、自民族至上主義(エスノセントリズム)Ethnocentrismを正当化し、ひいては『かつては全世界が自分たちのものであった』ということを『立証』して植民地支配を正当化するために編み出された『偽史』」であると述べている。
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一連の著書によれば、かつて太平洋の中央部には 東西7000km、南北5000kmにも及ぶ巨大なムー大陸があったと主張。大陸に住んでいた人口はおよそ6000万人強、首都ラニブラにある王宮には太陽神の化身である帝王ラ・ムーが君臨し、政治や行政、宗教に至るまでのすべてを統治。
全文明を支配できるほどの高度な学問と文化、建築、航海の術を持っており、白人が支配者である超古代文明が繁栄していた。しかしそれが神の怒りを買い、約1万2000年前に巨大地震が発生して大陸中の火山が噴火し、さらに大津波が押し寄せて、ムー大陸は一夜にして海底に沈没したと主張した。
彼によれば、1868年、16歳のときインドに従軍し、現地のヒンドゥー教の寺院の高僧が、寺院の門外不出の粘土板「ナーカル碑文」(Naacal tablets) を見せてくれたという。それには、ムー大陸(チャーチワードによると発音はMOO)の記録が絵文字で彫られていた。
また、ウィリアム・ニーヴン (William Niven)なる米国の技師がメキシコで発見したという古代の石板からも、「ナーカル碑文」と同じ絵文字が記されていたという。それらを含めて、種々の古代文献を挙げて、ムー大陸が実在した証拠としている。さらに、チャーチワードは旧約聖書の『創世記』の物語はムー大陸滅亡の記録であると主張している。
しかしチャーチワードは、それら古代文献を翻訳した引用文しか発表せず、原典自体は示していない。その古代文献の中には、現在解読されていないイースター島の碑文(ラパヌイ文字またはロンゴロンゴ文字と呼ばれるもの)が含まれている。
やがて、チャーチワードの身分詐称が発覚すると、ムー大陸の記述があるとされた一次資料自体にも疑義が持たれるようになり、その信ぴょう性は低下。20世紀後半になって太平洋の海洋底探査が広く行われると、ムー大陸の存在を真っ向から否定するデータが次々と出てきた。
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マドリード(トロ=コルテシアヌス)絵文書
ムー大陸と超古代日本!!~巨石文明の謎~
荻原光輝 2018/12/09 超古代日本巨石文明の痕跡が沖縄にあります。 そこには、ムー大陸を示唆すものであるとの説が・・
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「ムー」の語源とムー王国[編集]
ディエゴ・デ・ランダ著『ユカタン事物記』に記載されたランダ・アルファベット
マドリード(トロ=コルテシアヌス)絵文書
1862年頃、フランスの聖職者シャルル=エティエンヌ・ブラッスール・ド・ブルブール( 1814年–1874年)[注釈 3]は、マドリードの王立歴史学会の図書室で、ユカタン司教(en)のディエゴ・デ・ランダ・カルデロン(1524年 – 1579年)が書き残した『ユカタン事物記(英語版)』を発見し、マヤ文字とスペイン語のアルファベットを対照させた表(ランダ・アルファベット)を見出した。
ブラッスールはランダ・アルファベットを使ってトロアノ絵文書[注釈 4]をキチェ語で解読し、トロアノ絵文書には「ムー」(Mu)と呼ばれる王国が大災害によって陥没した伝説が描かれており、アトランティス伝説と類似性があると1863年に発表した。この論文により「ムー」という単語が生まれた。実際のマヤ文字は表語文字と音節文字が混ざった複雑な体系であり、近年の解読によりこの翻訳が完全に誤りであったことが証明されている(マヤ文字参照)。
アメリカ合衆国の政治家イグネイシャス・ロヨーラ・ドネリー(英語版)、1831年 – 1901年)は、1882年発表の『アトランティス – 大洪水前の世界』(Atlantis, the Antediluvian World)の中で、ブラッスールによるトロアノ絵文書の解読を新大陸の文明がアトランティス文明の末裔であることの重要な証拠として引用し、ムー王国の話が有名になった。
またジャージー島出身の遺跡写真家として知られるオーギュスト・ル・プロンジョン(Augustus Le Plongeon, 1825年 – 1908年)もランダ・アルファベットによりトロアノ絵文書を翻訳し、アトランティス大陸崩壊後にムーの女王モーがエジプトに渡り、女神イシスとしてエジプト文明を作ったと主張した。