アンケート調査による生物多様性の経済的価値の評価(CVM)の結果について
環境省では、過去に失われた干潟を再生することの経済的な価値、ツシマヤマネコの生息数を回復させることの経済的な価値について、アンケート調査による評価(CVM)を、平成25年度に実施しましたので、その結果についてお知らせします。
1.背景・経緯
・2010年に愛知県名古屋市で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)で、TEEB(生態系と生物多様性の経済学)の最終報告書が公表されるなど、生物多様性や生態系サービスの価値を経済的に評価することの重要性が注目されている。
・様々な主体が生物多様性及び生態系サービスの価値を認識し、その保全や利用に際して適切な意思決定が行われることを促進するため、環境省においても経済価値評価の検討を進めている。
・平成25年度は、アンケート調査による評価手法を用いて、過去に失われた干潟を再生することの経済的価値、ツシマヤマネコの生息数を回復させることの経済的価値を算出した。
2.評価対象
平成25年度は下記の対象について評価を実施。
■過去に失われた干潟を再生することの経済的な価値
愛知目標(※1)に基づき、1978年から2010年までに国内で失われた干潟面積の15%にあたる約1,400haを2020年までに回復させることについて、1世帯あたりの年間の支払意思額を確認。
■ツシマヤマネコの生息数を回復させることの経済的な価値
ツシマヤマネコの保護増殖の取組を進めることにより、20年後までに野生のツシマヤマネコの生息数を1980年代の推定生息数(※2)である約140頭にまで回復(現在よりも約40頭増加)させることについて、1世帯あたりの年間の支払意思額を確認。
※1…COP10で採択された生物多様性に関する世界目標。2020年を主な目標年としている。
※2…推定生息数に関する詳細は関連webページの「ツシマヤマネコ生息状況等調査(第四次特別調査)」を参照
3.評価手法
・WEBアンケートを用いたCVM※により評価。
・CVMでは、不適切なシナリオ設定や回答者がシナリオを正しく理解できていない場合などには調査結果にバイアスが生じ、正しく評価されない場合があるため、今回の評価は、可能な限りこうしたバイアスが生じないよう有識者による検討を経て実施した。
※CVM(Contingent Valuation Method:仮想評価法)
アンケート調査等により支払い意思を聞き取ることにより、対象とする環境の持っている価値を評価する手法。回答者に環境改善のシナリオを示し、そのシナリオを実現することに対する支払意思を確認する。 |
4.評価結果
支払意思額に評価範囲(受益範囲)である全国の世帯数(51,950,504世帯)を乗じて評価額を算出。
評価対象 | 有効回答数※1/回答数 | 支払意思額 (1世帯あたり年間※2) |
評価額(年間) | |
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過去に失われた干潟を再生することの経済的な価値 | 873/1,040 | 中央値※3 | 2,916円 | 約1,515億円 |
平均値※4 | 4,431円 | 約2,302億円 | ||
ツシマヤマネコの生息数を回復させることの経済的な価値 | 801/1,040 | 中央値 | 1,015円 | 約527億円 |
平均値 | 2,790円 | 約1,449億円 |
※1 有効回答数は、抵抗回答、温情効果回答、回答時間が明らかに短かった回答を除いた回答数
※2 アンケートでは一世帯あたり数年間(干潟は7年間、ツシマヤマネコは10年間)継続して支払うものとして質問した結果
※3 統計的にYESとNOの回答が半々となる値。政策を実行する際に過半数の支持が得られるかどうかの境界値
※4 統計的に算出した支払意思額の平均値
5.評価結果に関する留意事項
・今回の結果は、仮想的なシナリオを設定し、そのシナリオを実現することの価値を評価したものであり、干潟やツシマヤマネコそのものの価値を評価したものではない。
添付資料
- 連絡先
仮想評価法 (かそうひょうかほう、CVM; Contingent Valuation Method) とは、環境を守るために支払っても構わない金額(支払意思金額)を尋ねることによって、環境の持っている価値を金額として評価する手法である。仮想評価法では、まず環境が保全対策によって改善されたり、あるいは逆に開発によって悪化するなどのシナリオを回答者に提示する。その上で、環境改善を行うためならば支払っても構わない金額、あるいは環境悪化を防止するならば支払っても構わない金額をアンケートによって尋ねることで、環境の価値を金額として評価する。仮想評価法を使うことにより、生態系の保全やリサイクル、温暖化防止の価値など、地球環境問題に関する幅広い領域についても評価することができる。
仮想評価法の特徴
仮想評価法は、次のような特徴を持っている。
政府や企業が環境対策を行うためには多くの費用が必要になる。環境対策において、最小の費用で最大の効果を得ることが求められるが、そのためには環境コスト(環境対策にかかる費用)と環境ベネフィット(環境対策の効果)を比較しなければならない。費用と効果を比較するためには効果を金額として評価する必要があるが、環境には値段がついているわけではないため、評価することは容易でない。仮想評価法は、多くの人々の意見を用いて数量的に評価することができたため、環境コストと環境ベネフィットを比較することができるようになる。
しかしながら、仮想評価法は、現在の環境の状態と変化後の環境の状態を提示し、その上で環境の変化に対する支払意思金額を尋ねて環境の価値を評価する方法である。そのため、環境の状態を適切に回答者に伝えることができなければ、回答者は適切に支払意思金額を答えることができなくなってしまう。このように調査票の設計ミスなどが原因となって支払意思金額に影響を与えてしまう要因は、バイアスと呼ばれている。
バイアスは仮想評価法の信頼性に大きく影響を与える要因であるため、調査ではバイアスの影響に細心の注意を払う必要がある。仮想評価法はアンケートを用いて調査を行う手法であるため、バイアスを完全に排除することは不可能である。しかし、アンケートの設計を工夫することにより、バイアスを少なくすることは可能である。
なお近年は、保健・医療・介護の領域においても、各サービスのベネフィットを評価するために仮想評価法が用いられるようになってきた。
仮想評価法の評価手順
- 1. 情報収集
- 第一段階では、評価対象の自然科学的データ、評価対象の利用動向、評価対象の保護対策の現状、評価対象地域の社会経済などの情報を収集するため、現地調査を行う。現地で聞き取りを行う際には、開発と環境保護のどちらか一方の立場に偏らないように、双方の立場の意見について収集することが重要である。
- 2. 草案作成
- 第二段階では、調査を行う際に使用する調査票の草案を作成する。仮想評価法では評価対象の現状と変化後の二つの状況を回答者に示す必要があるため、環境変化を説明するための具体的なシナリオを検討する必要がある。シナリオを作成する際には、回答者が一般市民であることに配慮し、回答者が理解できる説明文章にすることが重要である。
- 3. 先行調査
- 第三段階では、先行調査の実施を行う。先行調査とは小規模なアンケート調査のことである。アンケート調査を行うと、調査後に問題点が見つかることがしばしばあるので、本調査を行う前に先行調査を行い、調査票の問題点を洗い出すことが重要である。
- 4. 本調査
- 第四段階では、本調査の実施を行う。本調査を実施するためには、まず調査範囲を設定して、そこから調査サンプルを抽出する。調査方法には訪問面接調査、街頭面接調査、訪問留置調査、郵送調査、電話調査、インターネット調査などがある。それぞれの調査方法には利点と欠点があるため、それぞれを考慮した上で調査方法を判断することが重要である。
- 5. 環境価値の推定
- 第五段階では、結果を集計し、環境価値の推定を行う。本調査の調査票が回収されたら調査票のデータを集計する。集計では、まず単純推計を行って全体の傾向を把握し、次に支払意思金額に関する設問のデータを分析し、支払意思金額を推定する。以上の調査手順に従って調査が行われるが、これらの中では特に第二段階の草案作成と第三段階の先行調査が重要である。