自国で中印がにらみ合う「幸せの国ブータン」の不幸 金子秀敏 / 毎日新聞客員編集委員
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★中国の政治的姿勢は どのようなものなのか?調べてみよう★
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ヒマラヤ山中にある「幸せの国」ブータン王国に今、中国の軍事圧力が高っている。ブータン、中国、インドの国境が三つどもえに接する「ドクラム(中国名、洞朗)高地」で6月中旬、中国軍が道路の建設を始めたのが発端だ。
ドクラム高地は狭いが、チベット自治区からインド領シッキムへ出る要地にあり、中国とブータンがともに領有権を主張している。その係争地内で中国軍が一方的に軍用道路を建設した。南シナ海で各国が領有権を主張しているサンゴ礁を、中国軍が一方的に埋め立て、自国領土だとして飛行場を建設したのと一脈通じている。

ブータンの抗議に大国インドも反応
ブータン政府が抗議すると、かつてブータンを保護国としていたインドが国境守備の軍隊をドクラム高地内に進めた。中国は「インド軍の国境侵犯だ」と非難して軍隊を増派し、両軍の対峙(たいじ)が始まった。1960年代に起きた中印紛争以来といわれる深刻な軍事緊張だ。
中国はドクラム高地の西の、シッキム(インド領)とチベット自治区(中国領)を結ぶナトゥ・ラ峠の国境検問所を閉鎖し、インド人ヒンズー教徒のカイラス山巡礼阻止という制裁措置に出た。カイラス山はチベットにあるチベット仏教の聖地で、ヒンズー教徒にとっても生命の神、シバ神の住む山として信仰の対象となっている。ヒンズー至上主義のモディ首相は7月の主要20カ国・地域(G20)首脳会議で習近平国家主席との首脳会談をキャンセルした。
急激な中印関係の悪化の発端はブータンだった。ブータンには秋篠宮家の長女、眞子さまが6月1日から1週間ほど公式訪問され、ワンチュク国王夫妻から歓待を受けた。故意か偶然か、中国軍、インド軍の対峙は眞子さまが帰国してまもなく起きた。それなのに日本のメディアは、中印関係の角度からの報道ばかりで、2大国の谷間で揺れるブータンへの関心が薄いのは残念なことだ。
中印両軍の対峙についてブータン政府は沈黙を続けている。無関心だからではない。中印どちらについても国家の安全が脅かされるという小国ブータンの苦しい選択なのだ。

南シナ海紛争と重なる中国の言い分
今回の中国の動きで注目されるのは在インド大使館が、ドクラム高地は中国の領土であるという証拠に中国製地図を発表したことだ。1890年の「チベット及びシッキムに関するイギリス・清国協定」による境界線が描かれ、「洞朗地区」は「不丹(ブータン)」ではなく「中国」に帰属している。
さらに中国は、「チベットの主権は中国、シッキムの主権はインド」と整理した2005年の胡錦濤政権時代の中印合意を見直すこともありうると言い出した。南シナ海で中国の地図だけに書かれている「九段線」を領有権の根拠にしたように、中国がシッキムの昔の境界線図を持ち出したのは、これから中国がドクラム高地を自国領として軍事施設建設を進めるということではないか。ブータンの主張に耳を貸す気はさらさらないだろう。
<サンデー毎日2017年7月30日号掲載の記事を転載しました>