日本植物燃料株式会社 合田真 × Longine Fintech取材班

今回は、日本植物燃料株式会社 合田真 代表取締役に、同社のアフリカでのモバイルバンキングサービスへの取り組みと将来のビジョンを伺いました。

読者に伝えたい3つのポイント

日本植物燃料株式会社(Nippon Biodiesel Fuel、NBF)はバイオ燃料の研究開発型ベンチャーとして2000年に設立され、2012年にエネルギー・食料・金融の地産地消モデルを普及させることを目的にモザンビークに現地法人ADM社を設立しています。

モザンビークの農村部にある同社が運営する小売店(キオスク)にPOSと非接触型ICを導入する中で、貯蓄や送金のニーズが大きいことが確かめられました。この課題解決のために、現在、モバイルバンキングサービスを行う銀行の設立を準備中です。

既存の金融システムの外側にある金融と通信が融合したモバイルバンキングのポテンシャルは大きく、同社では将来的にはモザンビーク以外での事業拡大も視野に入れています。

バイオ燃料のベンチャーがアフリカでフィンテックに出会うまで

Longine FinTech取材班(以下、Longine):バイオ燃料のベンチャーである御社がなぜ、アフリカでモバイル銀行を立ち上げることなったのか、その経緯を教えてください。

日本植物燃料株式会社 合田真 代表取締役(以下、合田):社名の通りNBFはバイオ燃料会社です。主に大豆の5倍ぐらいの油が取れるヤトロファを原料としたバイオ燃料を対象に、経産省や環境省などから研究費をいただきながら、研究開発型企業として活動していました。その後、2011年からはアフリカのモザンビーク共和国で、バイオ燃料の研究開発プロジェクトを東京大学などとともに始めました。

Longine:なるほど。それでアフリカ、モザンビークなのですね。

合田:その後、具体的に事業化しようということになり、2012年に国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)から援助を受けて、モザンビークの無電化エリアにバイオディーゼル発電などを使った電化プロジェクトを行うために、ADMという現地法人を立ち上げました。

このプロジェクトの仕組みは、バイオ燃料の原料を作るための種子を私たちが農民に配り、それを農民が育て収穫したものを、再び私たちが買いとり、その種子から絞った油を精製して軽油の代替燃料として発電や製氷サービスなどに使うというものです。

活動エリアは首都から2,000キロ以上離れた農村です。無電化のエリアに電気を届けようとしているので、当然ですが村人は電化製品を持っていません。そこで、充電式ランタンを貸し出すサービスや、冷蔵庫で冷えた飲料を提供するためのキオスクを自分たちで作りました。

そのキオスクを運営する中で課題として浮かび上がってきたことが現金の管理です。現地の方に店番をお願いしたのですが、2週間に一度ぐらい棚卸にいくと、どうしても現金収支が合わないのです。

Longine:自分のポケットに入れてしまったのでしょうか。

合田:店番の人には、「このあたりで電気があるサービスを提供できたのはここだけだから、周りの人たちが妬んで、祈祷師に頼んで夜中に店に妖精を入れて、妖精が現金を持ち出したに違いない」、などと言われて埒が明きませんでした。

そこでNECの方に相談し、タブレットを使ったPOSシステムと電子マネーで現金をなるべく使わない仕組みを導入することにしました。

住民にはスイカのような非接触型カードを配布しました。それを使ってキオスクで入金や買い物をしていただくようにしてからは、現金収支の誤差が大幅に改善しました。

Longine:ようやくフィンテックとの関連が見えてきました。アフリカの無電化エリアで電子マネーを普及させる中で、どんな気づきがありましたか。

合田:想定外だったのは、月に1~2万円の買い物しかしない人が、けっこう多額な金額をカードにデポジットしていることでした。電気が来ていないような場所で市中銀行がないため、農民は年に数回、収穫で得たまとまった現金を常に身に着けているか壺に入れて穴を掘って隠していました。

現金を安全に保管するというニーズが意外と大きいことが分かりましたが、最初の店は買い物もできる状態でスタートしているので、どこまでが日常の買い物のための入金か、どこまでが貯蓄の意図で入金されているのか境目がよく分かりませんでした。そこで、別の村では、買い物の機能は外し、預金だけに対応したカードを配布するなどの実験を行って彼らの本当のニーズを現在まで調査してきました。

Longine:電子マネーでデポジットする理由は、利息が付くからですか。

合田:利息は付きません。それでも電子マネーに入金するのは、村人にとって少しの現金でも大切だからです。ここに、安全に保管できる電子マネーに対するニーズがあるのです。

ちなみに、農村部は基本的に自給自足です。キオスクで現金を使って買う商品の大半は嗜好品で、約90%は輸入品です。このため、物価は為替レート次第です。

アフリカの無電化エリアに金融システムを普及させることの意義とは

Longine:アフリカの田舎でも電子マネーが使えるようになると、これまでは考えられなかった色々な金融サービスができるようになりませんか。

合田:色々なサービスが広がると思います。私たちが設置するPOS端末は、決済と情報のためのインフラだと思っています。

既に、国連食糧農業機関(Food and Agriculture Organization、以下FAO)と一緒に、農民向けの資金援助を従来の紙でのバウチャーから電子マネーに変えて行っています。電子化することで、いつ誰が何を買ったのかなどの履歴データを残せます。

FAOは早く私たちに銀行を作ってほしいと言っています。理由は、電子化すると援助する対象が、より客観的な基準で選べるからです。

たとえば、農業商社が買取り時の支払いを現金ではなく、電子マネーで渡すことができます。こうして個人の収量を記録できるようになります。さらに電子マネーの使われ方も履歴として残ります。FAOはこうしたデータをもとに援助する対象者のランク付けができるようになります。

援助終了後も、たとえば、Aさんが所属する属性のグループのうち何%の人は完全に補助金なしで種を買えるようになっていた、などの効果測定も可能になります。

このFAOのプロジェクトでは、2015年時点で9,300人の農民が参加していますが、2016年はさらに1万人の増員を計画しています。

さらに、国連開発計画(United Nations Development Programme、以下UNDP)や農業商社に加わってもらい、農民、仲買人も含めたバリューチェーン全体を電子マネー化し、援助の見える化に取り組んでいます。

日本植物燃料株式会社 合田真 代表取締役

日本植物燃料株式会社 合田真 代表取締役

モザンビークに銀行を作ることに

Longine:現在は、モザンビークに正式な銀行を作る準備中だと伺っています。

合田:公式にオープンにデポジットを預かれる仕組みを作るとなると、銀行ライセンスが必要になります。現在は、あくまでもパイロットということで、モザンビークの経済金融省に実験スキームを説明して了承を得ていますが、大きな宣伝はできず、活動地域も限定的です。

Longine:既に銀行設立のために準備会社は作られたのですか。

合田:はい、日本で銀行の準備会社を作りました。今後、モザンビークの中央銀行に申請を出して、認められたら現地に銀行を設立します。新銀行には、モザンビーク政府やベトナム系の携帯電話会社であるモビテルなども出資予定です。

Longine:モビテルはどのような携帯電話会社ですか。

合田:モビテルは、ベトナム資本ですがモザンビークでは最大の加入者を持つキャリアです(ベトナムのベトテルとモザンビーク現地企業の合弁会社)。モザンビークへの参入は2012年からです。当時はボーダフォンと国営会社の2社だけが都市部を中心にサービスを行っていましたが、モビテルは農村部からサービスを開始しました。モザンビークの人口2,300万人のうち約7割は農村部なので、あっという間にトップシェアを獲得しています。

Longine:アフリカの農村でも携帯電話のニーズは大きいのですね。

合田:キオスクのデータだと、可処分所得の約30%は通話料です。余裕がある時は5割ぐらい。テレビがないので唯一の娯楽なのでしょうね。基本的に自給自足なので、食費はパスタとか魚の缶詰などの嗜好品です。それを込みにしても30%が通話料ということです。

Longine:モビテルはなぜ銀行に出資するのですか。

合田:モビテルは、まだ電子マネーを扱っていません。ということで、私たちと一緒に新しい銀行を作りませんかと提案し、受け入れてもらいました。

私たちも今後の電子マネーの事業展開を考えると、デポジットだけではなく、送金も必要になります。そこで、モザンビークでトップシェアのモビテルと組むことにしたのです。

モバイル銀行のお手本はケニアのM-PESA

Longine:これから作ろうとされる銀行はモバイルバンキングになると思いますが、アフリカでは先例はあるのですか。

合田:先行しているのはケニアで大ヒットしているM-PESAです。M-PESAは、ケニアのサファリコムというボーダフォングループの通信キャリアが運営している携帯電話を使った送金システムです。

M-PESAは2007年にサービスインしてから8年程度ですが、現状で取引総額はケニアのGDPの半分程度と言われています。ケニアでも農村部には市中銀行はないので、その役割をM-PESAが担っています。

もともとの発想は、携帯電話の通話料金のプリペイドで、先にお金を払って通話料金をデポジットし、この通話料を個人間でトランスファーすることから始まっています。

この仕組みを使えば銀行のないアフリカの農村でも金融サービスを作ることができます。たとえば、都会にいるAさんが農村のBさんへM-PESAで電子マネーに相当するデータを送れば、Bさんは農村にあるキオスクに行って、そこで現金を受け取ることができます。

ボーダフォンには、世界26か国、約4億6000万人(2015年末時点)の加入者がいます。手数料は取られますが、エアテルやオレンジなど他のオペレーターとも相互に電子マネーを交換することも可能になっています。

つまり、世界では、日本の人口の4~5倍のモバイルユーザーの間で既にモバイルマネーが動いているわけです。

Longine:モザンビークでも携帯電話との連携が不可欠ということですね。

合田:私たちは、タブレットを使ったPOSと非接触型ICカードでサービスを広めてきましたが、買い物だけではなく預金や送金などのサービスを携帯電話で行えるようにしないと、競争優位性を確保できないことになります。

Longine:それでモビテルとの提携になるのですね。

合田:現状のモビテルのシステムは、通話のためのSIMカードのクレジットは他人に転送可能ですが、現金の入出金はできません。ケニアの一昔前の状態です。

今後、私たちと組めば、モビテルはモザンビーク全土に直営店があるので、それを銀行の窓口としても活用できます。また、携帯電話のSIMカードを売るための代理店が2万4,000店舗ありますので、そこも私たちの電子マネーの入出金を行うためにキオスクとして使えることになります。つまり、ケニアのM-PESAと同じ仕組みになるのです。

Longine:モザンビーク以外の展開も考えていますか。

合田:まずモザンビークで新しいビジネスモデルを作ることが最重要課題ですが、その次は、それを横展開していく計画です。

モビテルは、アフリカですと、まずは隣国のタンザニア、その次はカメルーン、ブルンジです。東南アジアは7か国、南米で1か国程度を考えています。

Longine:モビテルが御社と組むメリットはどこにあるのでしょうか。

合田:仮にモビテルがモザンビークでM-PESAのようなシステムを作った場合、デポジットされたお金の一定量は銀行に預ける必要があります。そこでの運用益の大半は銀行に取られてしまいます。そうであれば一緒に銀行を立ち上げましょうと提案し、受け入れられました。

といっても、貸金業務まで行うのは相当先になるので、当面の運用益は、インターバンク取引での利ザヤや国債など安全性が高い運用が中心になります。それに加えて、送金手数料や入出金手数料などの決済手数料が銀行の収益の柱になるイメージです。日本でいえばセブン銀行のイメージです。

既存の金融システムの外側にあるモバイル金融の秘められたポテンシャル

Longine:どれぐらいの時間軸でモバイル銀行を立ち上げる計画ですか。

合田:銀行ライセンスを取得するまでには少なくともあと半年は必要です。まず2017年の前半に1つの州でパイロット運用をやってみて、そこで修正をかけながら全国展開を進めていきたいと考えています。理想では、2年後ぐらいに全国をカバーできていたら、というイメージです。

Longine:既存の銀行は競合になりませんか。

合田:彼等がこちらに入ってくれば競合することになりますが、今のところその気配はほとんどないですね。ただし、そういうところを見ている銀行はアフリカの中にはあります。ケニアのエクイティバンク、ナイジェリアのエコバンクです。

エクイティバンクはケニアで最大の銀行ですが、私たちと同じようにケニアで30万台のPOS端末を配布すると発表しています。また、自分たちの携帯会社も作りました。私たちと同じように、携帯電話と銀行が融合した新しい決済システムが作られる時代を見据えています。

Longine:モバイルバンキングと既存の金融システムの線引きが曖昧になっていきますね。

合田:こちらの方が既に多数派なわけです。彼等の利便性をどこまで上げていくか、今までの銀行の権益をどこまで守ってあげるのか、というせめぎあいだと思います。いずれにせよ、どこかの時点で、融合していくと思います。

たとえば、日銀ネットの24時間稼働などの議論がありますが、M-PESAでは既に実現しているのです。リアルタイムで24時間、携帯電話の電源を落としていない限り送金が可能なわけですから。

M-PESAでは、決済のコアの部分が既存の銀行システムよりもはるかにシンプルな形で既に構築されているのです。手続きも極めて容易に、書類を手書きで作成する必要もなく携帯電話だけで送金処理が可能です。

Longine:モバイルバンキングは貧困国から普及がスタートしていますが、人口が多いので多数派を占める可能性がありますか。

合田:銀行口座もモバイルバンキングも使っていない人口はまだ30億人いると言われていますが、いずれ囲われていくと思います。そうなると40億人ぐらいになり、世界人口の約70億人の半分以上、つまり多数派となるわけです。モバイルバンキングでの決済が多数派になった時に、日本の金融システムがこれに対応していないとなると、日本は「金融鎖国」ということになってしまいます。

日本でもATMは24時間出金に対応していますから、本来は対応できるはずです。大口決済システムはまだですが、それほど難しい話ではないはずです。対応しようとすればできるはずなのですが、日本の金融機関の方の感覚は、「まだアフリカの隅っこの話でしょ」という程度です。実際は世界的なトレンドなのに。

Longine:ところで、アフリカですと特に政変などのリスクが高いと思いますが、いかがでしょうか。

合田:政治体制が変わることで、権益などが没収されることはアフリカでは考えられるリスクです。とはいえ、私たちのように、網目のように張り巡らされ国民の大半の日常生活に関わる決済システムですと、没収することは難しいと思います。それをやったら決済ができなくなり、国民生活に大きな影響が出るためです。

あとは気候変動のリスクです。今年は降雨量が少なかったので収穫は例年の半分以下でした。今年もエルニーニョの影響が気がかりです。農業を中心にビジネスを行うには大変な場所ですが、コスト競争力はあるので、モバイル金融ビジネスを横展開する時には優位性があると思います。

Longine:最後に今後のビジョンを教えてください。

合田:UNDPは毎年、人間開発指数というランキングを発表していて、2015年のモザンビークは184か国中で下から4番目の180位でした。エネルギー、食糧、金融の地産地消モデルを深掘りすることで、10年後には130位ぐらいまで引き上げることが理想です。

Longine:FIBC2016に参加されて良かったことはありますか。

合田:英語で私たちの取り組みを世界に発信できたことは良かったと思います。

モバイル金融は、パブリックブロックチェーンと同様に既存の決済システムの外側に今はありますが、冷静に世界を見ると人口ベースでは既に最大の利用人数になっています。まだ金融システムが行き届いていないアフリカなどの途上国を取り込めば、すごいパワーになると思います。そこを私たちはこれからも狙っていきたいと思います。

Longine:本日はどうもありがとうございました。

合田:こちらこそ、どうもありがとうございました。