El Salvador 研究⑰ H.E. Mrs. Martha Lidia ZELAYANDIA , Ambassador  140503

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エルサルバドル大使 Big Talk@140502 Fri」 

エルサルバドル共和国国旗エルサルバドルの地図

 

 H.E. Mrs. Martha Lidia ZELAYANDIA CISNEROS, Ambassador,

the Republic of El Salvador セラヤンデイア大使との対談に参加させて頂いた。

一般事情

1 面積 21,040平方キロメートル(九州の約半分) 2 人口 約611万人(2014年、世銀)

3 首都 サンサルバドル

4 民族 スペイン系白人と先住民の混血約84%、先住民約5.6%、ヨーロッパ系約10%

5 言語 スペイン語  6 宗教 カトリック教

7 略史政治体制・内政  政体 立憲共和制  元首 サルバドール・サンチェス・セレン大統領(2014年6月~2019年5月、任期5年、連続再選禁止)

3 議会 一院制、議員定数84名、任期3年

4 政府 (1)首相名 首相職無し (2)外相名 ウゴ・ロヘル・マルティネス・ボニージャ

「エルサルバドル」の画像検索結果

5 内政

  • (1)1979年以来、約7万5千人の戦死者を出し、政府軍とゲリラ勢力の間で続いた激しい内戦は、1992年1月、政府とファラブンド・マルティ民族解放戦線(FMLN)による和平合意締結により終結。和平プロセスは国連の監視・検証の下、順調に進展し、国連平和維持活動の成功例として高い評価を得ている。1998年に和平合意の完全履行を宣言。
  • (2)国民共和同盟(ARENA)は1989年から2009年まで連続4期大統領を輩出した。
  • (3)2009年3月に実施された大統領選挙では、野党のファラブンド・マルティ民族解放戦線(FMLN)のフネス候補が「信頼できる変革」を国民に訴え勝利し、2009年6月に20年ぶりに政権が交代した。
  • (4)2014年3月に実施された大統領選挙において、与党FMLNのサンチェス・セレン候補が僅差で選出され、6月1日に大統領に就任。サンチェス・セレン政権の課題は治安の改善及び経済の再活性化。政策の重要分野を雇用、教育、治安に置いている。

外交・国防

年月 略史
1525年 スペイン人がサンサルバドル市を建設後、グアテマラ総督領に編入
1821年 独立宣言
1823年 中米諸州連合結成
1841年 同連合から分離独立
1962年 国民協議党政権成立
1979年 クーデターにより革命評議会発足
1989年 クリスティアーニ大統領(ARENA)就任
1992年 政府とゲリラの間で和平合意調印、内戦終結
1994年 カルデロン大統領(ARENA)就任
1999年 フローレス大統領(ARENA)就任
2001年 1月及び2月に大地震が発生、死者1,259人、被災者150万人
2004年 サカ大統領(ARENA)就任
2009年 フネス大統領(FMLN)就任
2014年 サンチェス・セレン大統領(FMLN)就任
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CIAワールドファクトブックによると、エル・サルバドルはパナマ、コスタリカに続いて中米地域で三番目に経済規模の大きい国家であり、一人当たりのGDPは4900USドルに達するが、それでもこの国は発展途上国であり、多くの社会問題を抱え、ラテン・アメリカ全体でも上位十番以内に入る貧しい国である。約240万人が貧困層である。

エル・サルバドルは有機鉱物資源、金属鉱物資源を産出しない。鉱業の対象となる唯一の資源は塩である。経済を支えるセクターは農業であるが、「十四家族」という言葉に象徴されるような寡頭大土地所有が問題となっている(実際に14の家族が土地を独占しているわけではなく、あくまでも比喩である)。特にコーヒー、砂糖、綿花の栽培が盛んである。コーヒー豆の生産量は2002年時点で9.2万トンに達し、これは全世界の生産量の1.2%に相当する。穀物根菜の栽培量は自給に必要な量に達していない。農業国であるにもかかわらず、穀物を輸入している。

エルサルバドル・ホンジュラス戦争までは中米一の工業国だったが、その後勃発した内戦の間に没落した[8]

世帯主がアメリカ合衆国へ出稼ぎに行き、その仕送りで国内に残った家族が生計を立てている家庭が多いのが中米諸国の特徴であり、この国も例外ではない。しかし、アメリカでの同時多発テロ以降、アメリカでの滞在条件が以前よりも厳しくなり、就労ビザが取れなくなり強制帰国を命ぜられた国民も多く、社会問題となっている。

交通

人口密度が中米一高いという事情もあり、都市間の長距離バス輸送・市内バスいずれも運転本数が多く、非常に充実している。

エル・サルバドル国内の主要長距離バス路線図

コマラパ国際空港は、エル・サルバドル国内で国際定期航空路線が発着する唯一の空港である。

国民 エルサルバドルの人口統計英語版」を参照

エルサルバドル系のモデルクリスティー・ターリントン

1961年から2003年までのエル・サルバドルの人口動態グラフ

エル・サルバドルは2013年現在634万人の人口を擁し[9]、住民の90%を メスティーソが占める。白人が9%であり、白人のほとんどはスペイン系であるが、少ないながらもフランス系やドイツ系、スイス系、イタリア系の家系もある。先住民のインディヘナは1%を占め、ほとんどはマヤ系のピピル族レンカ族が占める。先住民は土着の文化、伝統を保っていたが、特に1932年のラ・マタンサ(虐殺)などにより最大40,000人がエル・サルバドル軍によって殺害されたと見積もられる。

エル・サルバドルは大西洋(に接続するカリブ海)に面していなかったため中央アメリカで唯一黒人が見られない国であり、加えてマキシミリアーノ・エルナンデス・マルティネス将軍は1930年に人種法を制定して黒人の入国を禁止した。この法律は1980年代に改定され、失効した。しかしながら、首都サン・サルバドルと港町ラ・ウニオンには黒人の血をひくエルサルバドル人がまとまった数存在する。

パレスチナキリスト教徒が少ないながら移民としてやってきており、数は少ないながらも強力な経済力を持っている。アントニオ・サカ大統領もその一人である。

CIA The World Factbook(2015年版)によると、平均寿命は男性で71.14歳、女性で77.86歳である。

人口[編集]

首都サン・サルバドル都市圏には210万人が居住しており、エル・サルバドルの人口の約42%が農村人口だと推測されている。 エル・サルバドルでは都市化は1960年以来驚異的な速度で進み、数百万人を都市に駆り立てて都市問題を国内の至る所で生みだした。

2004年の時点で、約320万人のサルバドル人が国外に住んでおり、その中の幾らかはアメリカ合衆国への不法移民である。 ただし多くのサルバドル系アメリカ人は合法移民であり、1986年の新移民法を通して合衆国市民か住民となっている。アメリカは伝統的に成功の機会を求めるサルバドル人の目的地となっている。

サルバドル人は近隣のグアテマラホンジュラスニカラグアにも住む。国籍離脱者は1980年代の内戦の間、政治的、経済的および社会的な状況の中から生まれたものが大部分である。

言語[編集]

 1976年内戦突入前に当時22歳だったお兄様を、戦争で亡くした時、お兄さんやご家族に誓ったことがある。

大使は「絶対に生き延びて、高い教育を身に着けて、家族や国に貢献する!」。
そして、化学の大学と音楽の大学に同時に入り、一生懸命勉学に励まれた。

戦争で化学の大学は断念、音楽を極めて、日本に活躍の場を設けた。

現在の左派政権が出来たとき、2009年、日本にいらしたセランディアさんは、
大統領から指名されて大使になられた。

人間の生き方として、血気にはやるのではなく、生き延びて・・・ということで 人生の大転換を決意されたことは 多くの人たちの感動を巻き起こすだろう。

戦争が嫌いで 平和主義者でもあったことが 選択を確実なものにした。

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つい最近 おなじく左派が大統領に当選、6月から政権が代わるが、大使はたぶん そのまま続けられると思う。 大使になられる前に 大使は 日本で音楽、ピアノを教えられていた。
数奇な運命、逞しい運命を築いたのだと思う。

2014/05/11 に公開

☆外務大臣賞『日本に来て驚いたこと』エル・サルバドル共和国 マルタ・リディア・セラヤンディア・シスネロス 駐日大使
☆文部科学大臣賞『国境のない山、国境を越える科学』フランス共和国大使館 マチュ・ピー 様

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日本語での対談だったので、1時間半たっぷり話せて、
初めて お伺いする話もあった。大変感動させて頂いた。

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サンフランシスコ条約締結のおり、個人財産の没収など あまりにも
理不尽だった条約に反対して サインをはじめしなかったエルサルバドル
の当時の政府。

エルサルバドルは 「中南米の日本」と呼ばれているが その理由を聞いて
驚いた。 誠実で約束を必ず守る。 まじめで 利他の心もあるようで 一つのお話を披露してくれた。

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エルサルバドルは 火山国で 時折 大きな地震があって その災害は
ひどいものだが、そんな中、エルサルバドル人は 会社に出社するそうだ。
これには 日本企業も驚いたそうで エルサルバドル人の評価は 高い。

このような国ならば 絶対訪ねたいと思った。富士山に似たような 山が各県にあるそうだ。 そういえば 最近 富士山フェスタを頼まれたので その意味でも 行かねば・・・

なお大使の日本語力は 素晴らしく 大使館スピーチコンテストで
優勝されたとのこと。

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また エルサルバドルには 日本の援助で 国際空港ができて
中南米のハブ空港になっているそうだ。

ところで パソコンを持ってきて 対談を行ったのは セラヤンデァイ大使が
初めてで その熱心さに感動させて頂いた。

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1 外交基本方針 エルサルバドル人が多く居住する対米関係を重視しつつ、中米諸国との連帯強化及び

 中米統合機構(SICA)を通じた統合を推進。台湾と外交関係を維持しつつ、中国とも経済関係強化を目指す。

2 軍事力

(1)予算 150百万米ドル(2014年) (2)兵役 18カ月、志願 (3)兵力 15,300人(陸軍13,850人、海軍700人、空軍750人)

(2015年ミリタリーバランス)

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1 主要産業 軽工業(輸出向け繊維縫製産業)、農業(コーヒー、砂糖等)

2 GDP 25,163百万ドル(2014年、中銀)

3 一人当たりGNP 3,931ドル(2014年、中銀) 4 経済成長率 2.0%(2014年、中銀)

5 物価上昇率 1.0%(2015年、中銀) 6 失業率 7%(2014年、エルサルバドル経済省)

7 総貿易額 (1)輸出(FOB) 5,485百万ドル(対前年比4.0%増) (2)輸入(CIF) 10,415百万ドル(対前年比0.9%減) (2015年、中銀)

8 主要貿易品目

(1)輸出 衣類、プラスチック製品、紙製品、機械・電子機器、砂糖
(2)輸入 繊維製品原料(綿花,ニット織等)機械・電子機器、燃料、化学製品

(2015年、中銀)

9 主要貿易相手国

(1)輸出 米国、ホンジュラス、グアテマラ、ニカラグア、コスタリカ
(2)輸入 米国、グアテマラ、中国、メキシコ、ホンジュラス

(2015年、中銀)

10 通貨 米ドル

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https://youtu.be/KuzuYbFhIOw?t=5

11 外貨準備  約26.7億ドル(2015年、中銀)

12 国家予算 約46.81億ドル(2016年)

13 対外公的債務 約166億ドル(2015年、中銀)

14 経済概況  1992年の内戦終了後、2度の大地震やハリケーン等の自然災害に見舞われながらも経済はプラス成長を維持。2001年の通貨統合法により、国内経済のドル化が進展し、金利は低下、物価上昇率も安定。 近年、GDP成長率は改善しつつあるが、中米地域で最も低いレベルに留まっている。 約250万人といわれる在米エルサルバドル人による家族送金は約42.8億ドル(2015年)にのぼり、エルサルバドル経済の下支えとなっている。

 2006年に米国との自由貿易協定(米・中米・ドミニカ共和国自由貿易協定:DR-CAFTA)、2008年に台湾、2010年に、コロンビアとの自由貿易協定が発効。また、2013年にEU・中米連携協定が発効。

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約166億ドル(2015年、中銀)

14 経済概況

1992年の内戦終了後、2度の大地震やハリケーン等の自然災害に見舞われながらも経済はプラス成長を維持。2001年の通貨統合法により、国内経済のドル化が進展し、金利は低下、物価上昇率も安定。

近年、GDP成長率は改善しつつあるが、中米地域で最も低いレベルに留まっている。

約250万人といわれる在米エルサルバドル人による家族送金は約42.8億ドル(2015年)にのぼり、エルサルバドル経済の下支えとなっている。

2006年に米国との自由貿易協定(米・中米・ドミニカ共和国自由貿易協定:DR-CAFTA)、2008年に台湾、2010年に、コロンビアとの自由貿易協定が発効。また、2013年にEU・中米連携協定が発効。

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エルサルバドル共和国(Republic of El Salvador)

平成28年2月22日

経済協力

1 日本の援助実績

  • (1)有償資金協力(2013年度まで、ENベース) 448.77億円
  • (2)無償資金協力(2013年度まで、ENベース) 359.72億円
  • (3)技術協力実績(2013年度まで、JICA経費実績ベース) 222.91億円

2 主要援助国

  • (1)米国(172.20)
  • (2)ドイツ(26.00)
  • (3)スペイン(18.55)
  • (4)日本(18.11)
  • (5)ルクセンブルク(9.80)

(2012年、支出純額、単位:百万ドル、OECD/DAC)

二国間関係

1 政治関係

伝統的に友好関係

  • 1935年2月 外交関係樹立
  • 1952年5月6日 外交関係再開

(1992年5月 1980年より停止していた大使館員常駐を再開)

2015年は外交関係樹立80周年、日・中米交流年。

2 経済関係

(1)貿易額(2015年、財務省貿易統計)
日本への輸出  約31.8億円
日本からの輸入 約119.5億円
(2)主要品目
日本への輸出  コーヒー、衣類等
日本からの輸入 自動車、鉄鋼製品

3 文化関係

  • 一般文化無償累計(2014年度まで) 17件 7.90億円
  • 草の根文化無償累計(2014年度まで) 6件 約4,714万円

4 在留邦人数

160人(2015年10月現在)

5 在日エルサルバドル人数

116人(2015年6月現在)

6 要人往来

(1)往(1990年以降)
年月 要人名
1994年 東祥三外務政務次官
山花貞夫特派大使(大統領就任式)
1999年 自見庄三郎特派大使(大統領就任式)
2000年 自見庄三郎議員、北橋建治議員、鈴木宗男議員、掘込征雄議員、細田博之議員(衆議院公式派遣議員団)
2001年 山口泰明外務大臣政務官
2004年 大島理森特派大使(大統領就任式)
2005年 常陸宮同妃両殿下
2006年 佐々木幹夫経団連中南米地域委員長(日・中米ビジネスフォーラム)
2006年 岡田広厚生労働大臣政務官
2007年 横路孝弘衆議院副議長
2009年 原田義昭特派大使(大統領就任式)
2010年 武正公一外務副大臣
姫井由美子議員、水戸将史議員、関口昌一議員(参議員ODA調査団)
2014年 林幹雄特派大使(大統領就任式)
衆議院国土交通事情等調査団(梶山弘志議員、望月義夫議員、西村明宏議員、若井康彦議員、井上英孝議員、伊藤渉議員、杉本かずみ議員)
2015年 宇都隆史外務大臣政務官(民主主義共同体閣僚会合)
眞子内親王殿下(外交関係樹立80周年,日・中米交流年)
(2)来(1990年以降)
年月 要人名
1990年 クリスティアーニ大統領、パカス外相(即位の礼)
1991年 リエバノ企画相(米州開発銀行(IDB)名古屋総会)
1992年 リエバノ企画相(高級実務者招聘)
1993年 パカス外相(外務省賓客、民主主義と開発のためのパートナーシップ(PDD)東京特別会合)
クリスティアーニ大統領
リエバノ企画相兼外相
1994年 ゴンサレス企画相、サンシビリーニ公共事業相
1996年 ゴンサレス外相(第2回日・中米フォーラム)
1997年 カルデロン大統領(政府による招聘)
2000年 ブリスエラ外相(外務省賓客)
キンタニージャ副大統領(小渕前総理大臣葬儀)
2001年 キンタニージャ副大統領(日・エルサルバドル友好委員会経済ミッション)
ブリスエラ外相(国際協力銀行との円借款契約調印)
2004年 ブリスエラ外相
2005年 デ・エスコバル副大統領(4月 IDB沖縄総会、8月 日本・中米首脳会談)
ライーネス外相(8月 デ・エスコバル副大統領に同行)
2006年 マサ厚生相(経済協力案件の業者契約調印)
ロチ観光相(観光・投資セミナー)
サカ大統領(公式実務訪問賓客)
ライーネス外相(サカ大統領同行)
デ・ガビディア経済相(同上)
ロチ観光相(同上)
2007年 ロチ観光相(世界旅行博)
ニエト公共事業相(経済協力案件の業者契約調印)
2010年 マルティネス外相(FEALAC第4回外相会合出席)
スアレス農牧相
マルティネス公共事業相
2012年 セラヤンディア総務相
レジェス国家エネルギー委員会長官(FEALAC 環境ビジネス会合)
2014年 バンダ・ピニャト社会統合担当大統領補佐官
2015年 ポール環境天然資源相、マルティネス公共事業相、メレンデス大統領補佐官(第3回国連防災世界会議)
2016年 マルティネス公共事業相
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 勝兵塾とは

塾長・最高顧問 元谷 外志雄

勝兵塾第七回月例会は十二月十五日(木)にアパグループ東京本社六階会議室にて開催されました。  冒頭の塾長挨拶で元谷代表は、「今年の十二月八日は日米開戦七十周年であるが、戦後一貫して、どうして日本は無謀な戦争を始めたのか、どうすれば日米開戦は避けられたのかという議論のみがなされてきた。しかし、遅れてきた帝国主義国である日本とアメリカは、太平洋でぶつかり合う運命にあり、アメリカが好んで日本を戦争に追い込んだのであるから、日本がこの戦争を避けられたかは疑問である。」と述べました。

 

エルサルバドル共和国大使 マルタ・セラヤンディア

エルサルバドル共和国大使マルタ・セラヤンディア様は、「日本は戦争に負けたからと言って自分の国を良くない国と思うのではなく、良い国だと誇るべきである。まずは自分の国を愛し、プライドを持たなければ、他の国を愛することはできない。権力者は国民が無知であることが自分達に有利と考えてきたため、真実を教えず都合のいい歴史を教えてきたが、新しい政府になってから正しいことを教えようとしている。もともとエルサルバドルという国はなく、後から線を引いただけである。新大陸言われるが、初めからあったものをヨーロッパ人が後から発見したと言っているだけである。原住民の文化を壊さずに交流できればよかったが、力で支配したため歴史が失われたのである。」と歴史の重要性を語られました。

エルサルバドルの女性大使来訪

  中央アメリカのエルサルバドル共和国の女性大使( マルタ・シスネロスさん)が挨拶に来られました。私は予算委員会の最中だったので、委員会室隣の会議室で面会しました。私は「エルサルバドル友好議員連盟会長」を務めており、大使とは時々行き来しています。日本語も流暢、見識も高く、在京の女性大使の中でも優秀でかつ人気者という評判です。今年は一年、両国の友好交流をどう高めようかと話し合いしました。エルサルバドルは中米の小国ですが、漁業や農業とりわけコーヒー生産が主力です。私は7、8年前同国の大統領就任式に出席したことがあります。国会議員 原田義昭先生のブログ

 

自民党衆議院議員 木村 太郎

自由民主党衆議院議員の木村太郎様からは「民主党の事業仕分けを見ていると、事業仕分けの場で廃止となったものが名前を変えて復活している。それは法的根拠がないためだということで、立法府で事業仕分けをやることになった。今回はスーパーコンピューター『京』など、四つのテーマを設定した。評価の項目として廃止や縮減だけではなく、予算の増額という項目を入れた点が事業仕分けと違う。国会議員は国調査権を与えられており、それが法的根拠となっている。」との解説を、山元学校学長の山元雅信様からは「各国大使と接することが多いが、大使からは大企業ではなく中小企業の方に来てもらいたいと言われる。これから中小企業の素晴らしい技術を海外で試していくべきである。エルサルバドルの大使は人間的にも非常に素晴らしい方であるので、こういう大使がいる時こそ親交を深めるべきである。」というお話をいただきました。

第二十九代航空幕僚長田母神俊雄様は、「世界で常に情報戦争が行われている。世界には世界中の全ての人々が幸せに暮らせるだけの富、資源はない。アメリカの対日基本戦略は、日本に軍事的独立性を認めず、経済的に隷属させることであり、経済力がなくなればアメリカに捨てられ、その結果、中国に乗っ取られる。経済力のあるうちに自分の国を自分で守る必要がある。」「アメリカは日本に絶対に戦闘機を造らせないという意思がある。兵器の半分はソフトであり、技術支援がなければ動かないアメリカのものを買えば、いざというときに日本の意思で動かせなくなる。」「政治家が予算を全て把握できるわけがない。政治家はパフォーマンスを止め、役人の美しい心に訴えてやる気にさせるべきである。」と説得力のある自説を披露されました。

拓殖大学教授 藤岡 信勝

拓殖大学教授藤岡信勝様は、「不合理なことが議員立法で決められたことで、現場に多大な負担を強いている。政治主導で決まることはリアリティがない。」「福島からの避難は平成の強制連行だと言える。こうした中でアパの懸賞論文で高田純氏の論文が最優秀賞に選ばれたのはまさに時機を得ている。一般に危ないという声が安全という声の千倍くらい強い。政治家の誰かが福島第二原発の放射能は問題ないとはっきり言うべきである。」と強く主張されました。

戦後問題ジャーナリスト 佐波 優子

戦後問題ジャーナリスト佐波優子様は、「十二月八日に日本が真珠湾を攻撃

日本文化チャンネル桜キャスター テイケイ株式会社常務取締役 濱口 和久

テイケイ(株)常務取締役濱口和久様は、「防衛大学校では十二月八日に合わせてその前後の土日で『靖国行軍』といって横須賀から靖国まで歩くということをやっていたが、五百旗頭氏が校長になってからは、靖国行軍から東京行進という名前に変えられ、趣旨を変えられてしまった。この三月で五百旗頭氏が退任するが、次の内定者も中国擁護論者であり心配である。」と母校である防衛大学校の現状を憂いていました。

元谷代表は塾長閉会の挨拶として「中国が分裂崩壊したら民主国家ができるのではないかと思うかもしれないが、反日感情を求心力に変え、反日スタンスの強い勢力が政権を握る可能性がある。また朝鮮半島では、北と南で連邦国家を作り反日教育が強化されて、日本に理不尽な要求をしてくる恐れがある。日本はこうした危機に備えなければならない。」という言葉で月例会を締めくくられました。

勝兵塾とは

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