The True Cost 必見の映画 サフィア・ミニさん 160423

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サフィア・ミニー(ピープル・ツリー/グローバル・ヴィレッジ代表) 昨日2016年4月23日(土)ふじみ野の三富今昔村で 石坂産業主宰のイベントで 久しぶりにサフィアさんに お会いした。 10年ぐらい前に People Treeのファションショーに2回ほど参加させて頂いた。 当時はまだ ご本人が言われた通り Fair Tradeのファッションは なんとなくダサいイメージが あったが 大幅に改善されていた。

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それに 上映して頂いたTrue Costを見させて頂き、衝撃を受けた。

2013年4月に起きたバングラデシュの縫製工場ラナ・プラザの崩壊事故をテレビで何度も見ていて 心を痛めていた。 10回ぐらいか バングラデシュを訪ねていたが、「なすすべ」にも全く気づかず途方にくれた。

嘆くばかりで無力感を味わったが、 サフィアさんは 違った。

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なぜ そうなっているのかを とことん 突き止めた。 疑問を突き詰め 世の中の悪しき構造に気づいて 憤懣をぶちつけるだけでなく 解消の糸口をみつけた。逞しく立ち上がって 集中した。・・・この映画までも作ってくれた。

人間として 本当に感謝だ。 上映会が6月11日にある。私も もう一度見に行くつもりだ。 ふっきれたサフィア・ミニーさんは とてもエレガントに見えた。

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サフィア・ミニさんについては 一番下につづく・・・

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予告編、監督インタビューはこちら(英語版のみ)

アンドリュー・モーガン監督は、2013年4月に起きたバングラデシュの縫製工場ラナ・プラザの崩壊事故をきっかけに、現在の経済システムの特徴でもある「大量生産・大量消費」の犠牲になっている世界各地の人々を取材。途上国の縫製工場で過酷な環境や条件下で働く労働者や、コットン栽培における農薬被害など、生産現場の状況を伝えます。

 

★Bangladeshのラナ・プラザ崩壊事故

もういちど しっかりみて この原因をなくす努力を 私たちも 生活行動のなかで ひとつづつ 続けて行かねばとおもう。 そして 私たち普通の人間の生き方 考え方も 前向きに 建設的なものにしよう。

崩壊した「ラナ・プラザ」ビル

★ ダッカ近郊ビル崩落事故(ダッカきんこうビルほうらくじこ)は、2013年4月24日(現地時間)、バングラデシュの首都ダッカ北西約20kmにあるシャバール(サバール、en:Savar Upazila、人口約140万人)で、8階建ての商業ビル「ラナ・プラザ」が崩壊した事故である。死者1,127人、負傷者2,500人以上の大惨事になった。このビルには縫製工場、銀行、商店などが入居していたが、朝のラッシュアワーに事故が重なり被害が大きくなった。事故前日に当該ビルの亀裂が発見され、ビルの使用を中止するように警告がされていたが、それはビルのオーナーらに無視された。なお28日までにビル所有者、工場経営者などは逮捕された。

事故後の28日には、当局は生存者捜索の打切りを決定し、重機によるがれきの撤去作業を開始。29日までの死者確認数は約400人。ただ重機投入後に建物崩壊により犠牲者数が増えたとの指摘もある。事故発生17日目の5月10日には3階の残骸部分から女性1人が救出された。

同国調査官による初期調査によれば、上層部に設置された4基の大型発電機の振動が数千台のミシンの振動と一緒になり、崩壊を誘発したという。また建物は正規の許可手続きなしに建築され、5階以上の3階部分は違法に建増しされていたという。

バングラデシュ史上最悪の産業事故、労働災害となった。グローバル展開する欧米や日本の大手衣料品業者が、同国の劣悪な労働環境や安価な労働力に依存して利益を上げている状況が浮き彫りとなり、論議を呼んだ。事故後1年を経過し、被害者への補償の遅れなど課題が残されている。 以下 一番下の方に続く・・

★今朝 谷川俊太郎さんをテレビで見ていた。 感動した。

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今回は 西條剛央さんに誘われて SATOYAMAエキスポ。  山元学校で 何人かを誘い 出かけたが、行って良かったと つくづく感謝している。 色々な活動をしているが 時には 独りよがりになって 物事をしっかり見えなくなる場合も 多々ある。

謙虚な気持ちになって 素晴らしい人たちに 耳を傾ける大切さを 改めて認識させて頂いた。

いいチームを作りましょう! に入れて頂いて 世の中を本気になって 良い方向に持って行こうとしている人たち。とても 力強い人たちに何人もあえた。 また 石坂産業の工場見学も させて頂き、明るい希望が 幾つも見えて来た。 懐かしい人々にも会えたし。

 

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西條 剛央さん(日本の心理学者、哲学者、絵本作家としてもデビュー)早稲田大学大学院商学研究科専門職学位課程客員准教授。
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★ 西條さんのボランティアプロジェクト

2011年平成23年)3月に発生した東北地方太平洋沖地震によって被災した人びとと地域を支援する、日本最大級となる被災地支援のボランティア組織「ふんばろう東日本支援プロジェクト」を設立、運営していた。被災者が現在必要としているものを、必要な分量だけホームページに掲載し、それを見た支援者が被災者へ直接物資を届けることのできる仕組みをつくり、行政の手が及んでいなかった小規模避難所や仮設住宅、個人避難宅など、3000カ所以上に15万5000品目、3万5000回以上の物資支援を実現させた。 西條さんについて 下の方に続きがあります。

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 ★ 石坂産業★
廃棄物処理と 再生利用が95%世界一と言われる超優良企業で 早速 工場見学を させて頂いた。 レベルの高さ システムの素晴らしさに感動して 石坂典子社長と話が弾んだ。再生度は 普通 40~50%行けば良い方で 95%近くは 聴いたことがない。コンクリート廃棄物の処理まで 完璧な状態をつぶさに見て来たから 間違いないだろう。

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石坂産業 石坂典子さん  鎌倉投信 新井和宏さん

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鎌倉投信の考え方。 ★ 「投資の果実」をこう定義しています。

投資の果実 =「資産形成」×「社会形成」×「こころの形成」

この三要素のいずれが欠けても投資における真の成功はありません。 こうしたお金の使い方や金融のあり方に多くの人が目を向ければ、社会の底流に自覚と責任、信頼が生まれ、社会は豊かになります。

人は、生き方において、仕事の仕方において、お金の使い方において、社会をより良くすることができます。 たとえ一人一人の力は小さくても、真心を持った何万人の投資家が集う投資信託が出来れば、その波及効果は大きいと思います。

政府や大手資本が大きなお金を動かして何かをするのではなく、小さくても真心と良識のあるお金、 意志ある人たちが主体的に参加する金融像が社会をより良くすると実感しています。

本来あるべき金融のレバレッジとは、金融工学による技術的な手法をいうのではなく、信頼と信頼の連鎖から生み出される価値の創造だと考えます。

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久しぶりに 会えた三戸俊和さんとジュニアの元気で健康なお顔。喜びが 僕もこみあげてきて、すっかり嬉しくなった。

 

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久しぶりに鬼丸昌也くんにあえた。また 山元学校に来てくれることになった。http://sugoihito.or.jp/2012/05/2761/

【鬼丸 昌也】ウガンダで元子ども兵の社会復帰を支援し続ける人!

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『Naked Fashionファッションで世界を変える』
サフィアさん自身がファッションやカルチャーの関係者にインタビューを敢行して制作した本。ヴィヴィアン・ウェストウッド、エマ・ワトソンなど英国のファッション・リーダーをはじめ、歌手のUA、音楽プロデューサーの小林武史、ファッション・デザイナーのツモリチサト、フォトグラファーのレスリー・キー、作家の村上龍など、各界を代表する著名人が登場。さまざまな視点で語られる言葉から、フェアトレードを多角的にとらえられる一冊です。(サフィア・ミニー著/サンクチュアリ出版)
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フェアトレード専門ブランド「ピープル・ツリー」が発信するニュースメディアです。 このサイトでは、フェアトレードやエシカルについての情報を広く発信していきます。

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めまぐるしく変わるトレンド、安く買えたから捨てても気にならない……そんな消費活動の背景で、何が起きているのか?
『THE TRUE COST ~真の代償~』は、衣料品産業の裏側を取材した、ドキュメンタリー映画です。

 

2015年からニューヨークを皮切りに世界各地で公開予定。日本では、ピープル・ツリーと母体NGOグローバル・ヴィレッジが初公開となる上映会を6月11日(木)に行います。
※映画公式サイトhttp://truecostmovie.com/

 

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一方で、ファストファッションの店に殺到する消費者も描き、驚くほど安く売られている商品の、真の代償は何なのか?を訴えかけます。

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グローバル経済のもと、複雑な物流でつながっている私たち日本の消費者にとっても、無関係ではありません。

上映後は、30分ほどのトークイベントを開催。世界の現実を知るとともに、私たちができることを一緒に考えていきます。現在の経済システムの歪みに対する解決策の1つである「フェアトレード」へのご理解を深めていただく機会として、みなさまのご来場をお待ちしております。

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サフィアさんのお話を聴いてみよう。

「今はナチュラル志向の人が自然にフェアトレードのものも選ぶようになっています。オーガニックをテーマにどういう面白い社会を作れるか、そのことに挑戦するのはとても楽しい!」

皆さんはフェアトレードの商品を手にしたことはありますか? 発展途上国で作られた製品を適正価格で取引することで、生産者の暮らしを向上させることを目的としているのがフェアトレードです。ピープル・ツリーは、その代表的なライフスタイル・ブランド。現在はアジアやアフリカ、南米の13カ国、約140の生産者団体などと契約を結び、オーガニックをはじめとする自然素材の衣料品や食品などを、環境に配慮したプロセスで生産しています。そしてそのピープル・ツリーを立ち上げたのが、日本語も堪能な英国人のサフィア・ミニーさん。エシカル・ファッションの先駆者でもあり、世界各国を飛びまわりながら、フェアトレードの普及に邁進しています。そんなサフィアさんは、日本の女性をどう見ているのでしょうか? 現在までの道のり、またこの仕事を通して得た幸福などについても、お話をうかがいました。

*エシカル・ファッション=環境に負担をかけない自然素材、リサイクル素材などを使用して作られる良心的なファッションのこと。エシカルとは倫理的という意味。様々な認定基準のあるフェアトレードは、究極のエシカルと言えます。
――サフィアさんはお父様がインド系モーリシャス人、お母様がスイス人という家庭で育ったと聞いていますが、どんな子供時代を過ごされたのでしょうか?

私はロンドンで生まれ育ちましたが、白人ではない家族がまわりになかったので、自分もずっと白人だと思っていました(笑)。父は科学者で、誕生日のパーティーでマジックを見せてくれたりする楽しい人。母は本屋さんを営んでいました。7歳の時に父親がガンで亡くなり、私は弟たちの面倒を見ながら母を助け、13歳の頃から近所のハンドクラフトの店で日曜日は働いていました。母はソーシャルワーカーでもあり、アフリカからの移民へのボランティア活動などをしていて、それを手伝ったりもしていましたね。母と一緒にリサイクルショップで古着を買ったり、モノを大切にするという意識は小さい頃から自然にあったと思います。

――リサイクルやエコロジーなどへの関心は、誰かに教わったり本で読んだとかではなく、生活の中で自然に身に付いたものなんですね。

そうですね。母の影響がとても大きいと思います。

――高校卒業後は、すぐに出版社で仕事を始めていますね。

イギリスは階層がはっきりした国で、当時、大学には人口の5%くらいしか進学しませんでした。それで求人広告を見て、メジャーな雑誌の求人があったので履歴書を送りました。でも私はインド系の父の名字を継いでいて、インド人の名前だと面接もしてもらえなかったんです。それで母の名字で履歴書を出したら面接してもらえて、働くことができました。当時はメディア業界もまだ白人しか入れなかったんです。

――その後、出版社を4年で辞めて、22歳の時にバリ、インドネシア、タイ、ミャンマーなどをバックパックで旅をしたそうですが、この旅がその後の人生に与えた影響が大きかったとか?

この旅で実感したのは、本当の貧しさとはどういうことか、ということです。大企業によって土地を買収され農業ができなくなり収入源がなくなってしまった人たちや、森林伐採で自然資源がなくなってしまった土地をなどを見て、今の経済モデルが、どれだけ環境に悪く、人権を害しているかということを知ったんです。そのことを考えていく大きなきっかけになりました。経済力がないだけで、搾取されたり騙されたりする。経済の弱さというのが、人権問題の根本にあると気づきました。

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――その後はどんな活動をされていたんですか?

イギリスに戻って、自分でコンサルティング会社を立ち上げました。それからオルタナティブ系の雑誌を発行して、女性の権利や小さなコミュニティに関する問題提起などを行っていましたが、25歳で結婚しました。そうしたら投資顧問会社に勤める夫が日本に転勤することになって、一緒に行くことになったのです。アジアの国が、環境問題や人権問題をどう考えているか知りたいという気持ちもあったので、いい機会だと思いました。

 

取材撮影は自由が丘にある直営店で行いました。サフィアさんが着ているのは、インドの生産者団体「サシャ」によって作られた「手織りシルク・ランダムドットプリント フレンチスリーブ・ブラウス」。着心地の良さそうな服が、店内いっぱいにディスプレイされています。
――日本でもイギリスでやっていたことと同じような活動をしようと思われていたんですか?

まずは日本語の勉強をしようと、六本木にあるフランシスコ修道会の教会の日本語学校に行ったんです。そこではインドやイタリアの修道士がいて、ホームレスの人のためのサポートをしていました。そういう環境なので社会問題を話す雰囲気もあって、日本の現状に対する理解も深まりました。その一方で、ボディショップやPHPという出版社に勤めたりもしていました。

最初は海外駐在員が住む六本木で生活していて、90年代のバブル期でしたし、その界隈のエリートの人たちは、あまり環境とかエコに感心がなかったみたいだったけど(笑)、自分でオーガニックフードのショップを見つけたりして、自分と同じ価値観を持っている日本人の友人ができてホッとしました。その時代はまだウェブもないし検索もできないから、そういう場所を見つけるのも大変だったんですけどね。

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その後、夫の兄がナミビアの女性と結婚することになり、それがきっかけで日本人の友人たちと、独立直後のナミビアのハンドクラフトの展示会を催したんです。それがメディアにとても注目されて、NGOの「グローバル・ヴィレッジ」を立ち上げることになったんです。その頃からオーガニックコットンの研究や、フェアトレード商品の開発を始めていて、95年に「フェアトレードカンパニー」を設立しました。一般の人が普通に買い物をしながら、環境問題や貧困問題に貢献することができるフェアトレードは、商品を紹介するだけではなく、商品が作られた地域の様子を知ってもらうことにもつながります。さまざまな社会問題に目を向けることは、消費者自身が住みやすい社会をつくることにもつながるということを、もっと多くの人に知ってほしいと思いました。

――ブランド名をピープル・ツリーとした理由は?

ピープルは人で人権、ツリーは木で環境につながる言葉として選びました。

――ピープル・ツリーを始めた時はまだ31歳なんですよね。当時としては若き女性起業家だったわけで、いろいろ苦労も多かったと思いますが、どんな点が一番大変でしたか?

フェアトレードでは必要に応じて、生産者に想定売り上げの50%を前払いすることがあります。だから経済的にはずっと大変でした。今は日本の銀行からも支援してもらえるようになったけど、ビジネスとして軌道に乗るようになったのは本当に数年前、設立して15年くらい経ってからなんです。

あと私は子供が2人いて、長男が今22歳、長女が19歳ですが、子供が8歳と5歳になるまでは自宅と事務所が一緒だったんです。素晴らしい考え方を持ったスタッフに囲まれていたのは、子供たちにとってもよかったんですけど、仕事とプライベートとの線引きがなかなかできなくて、その時は少し辛かったかな。長男は28歳、長女は31歳で生んだので、ピープル・ツリーはまさに子育てしながら育てたようなもの。だからピープル・ツリーが最初の子供で、3人の子供がいるということになりますね(笑)。来年こそはきっと、来年こそは、って思いながらずっと頑張ってきましたが、でも必ず上手くいくっていう確信はずっとありました。

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インドの「マカイバリ茶園」のバイオダイナミック・ダージリン紅茶に天然の香りをほのかにのせたフレーバーティーの数々。ボリビアの協同組合「エル・セイボ」が作るカカオ豆を原料としたチョコレート。バングラデシュの「「ディベロップメント・ウィール(DEW)」が作る手編みの竹製水切りバスケットなど、店内には食品や雑貨などもいろいろあります。どれもパッケージデザインがとてもキュートなので、ギフトにも最適。
――本当にエネルギッシュな人生ですね。ピープル・ツリーを始めてから現在まで、フェアトレードに対する人々の関心は変わってきていると思いますか?

フェアトレードって昔はヒッピーっぽいイメージがあったけど、今はモダンなものとして捉えられるようになりました。エコなライフスタイルが一般的になって、ナチュラル志向の人が自然にフェアトレードのものを選ぶようになっています。最近、『ザ・トゥルー・コスト(The True Cost)http://unitedpeople.jp/truecost/』というドキュメンタリー映画が公開されましたが(日本での公開は11月14日から)、ファストファッションの現場における人権や環境の破壊とか、今の経済モデルのシステムについて、とてもリアルに伝えています。モノを買うことの精神的な部分も、これからはもっと重視されるようになるんじゃないかと思います。

ただ、フェアトレードの製品でも、デザインがよくないとダメというのは一般の商品と同じ。だからショップの環境とか、今っぽく見せるライフスタイルの提案も、とても重視しています。商品のデザインは私がディレクションをしていますが、伝統を残しつつもモダンで、少しでも長く着られる、着心地のいいデザインを常に心掛けています。

――最初に日本に来た25年前と比べて、日本の女性も変わりましたか?

とても変わったと思います。25年前はもっとコンサバで、社会全体もびっくりするくらい男性上位だった(笑)。でも今は、自分たちが生きやすい社会を積極的に作ろうとしている女性たちが多くなりました。それがフェアトレードに対する関心にもつながっています。バブルの時はモノに関心があったけど、今は人間性とか精神性、また安全性とかに想いを寄せる人が多くなりましたね。

――ここ数年で世界各国でそういった動きは特に大きくなっていますが、ピープル・ツリーにとって何か大きな変化はありましたか?

ピープル・ツリーは2007年にファッション誌の『VOGUE』と共同で、ロンドンやNYのデザイナーとコラボしたコレクションを発表しました。それはオーガニック・コットンや伝統的な手織り布、 ヴィンテージ・サリーなど、インドやバングラデシュなどのユニークな素材や技術を活かした限定コレクションです。それがファッション・メディアの人にも注目されて、ひとつのターニングポイントになりました。その2年後には、女優のエマ・ワトソンがバングラデシュのスワローズという生産団体の村に、私と一緒に訪れてくれました。彼女も最近エシカル・ファッションに関する発言をよくしていて、それがまた流れを変えています。

――バングラデシュのタナパラ村にあるスワローズは、首都ダッカから車で5時間の田舎にあって、ファクトリーの敷地内には託児所や小学校もある。女性のワーカーたちにとっては理想的な職場だと思います。そこにエマ・ワトソンさんが訪れたことは、様々なメディアでも報じられていますね。

どこの途上国もそうだと思いますが、バングラデシュも工場はほとんど都会にあるので、みんな子供を置いて都会に出稼ぎに行ってしまう。若い人にとっては都会の工場に勤める方が自由で楽しく見えるかもしれない。でも、実際はみんな厳しい条件で働いている。住む場所も狭くて不衛生なところも多い。でもタナパラ村に住めば生活コストが都会の3分の1で済む。自分の家で家族と一緒に住めるし、そんなに贅沢なことはできなくても、精神的に豊かで快適な日々を送ることができるんです。

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バングラデシュのタナパラ村にある生産者団体スワローズで働く女性たち。ピープル・ツリーの服は、彼女たちのような開発途上国の人々によって作られています。食品の安全性が問われ、その生産者情報を求める人が増える中で、自分が着ている服が、どこでどのように作られているかを知るのも同じように大切なことだとサフィアさんは語ります。Photos by Safia Minney
――サフィアさんご自身が、アジアやアフリカなどの生産者さんの元を頻繁に訪れて、学校や託児所をつくるなど生活環境を改善するサポートも同時に行っています。フェアトレードは現地の生産者さんの暮らしを単に経済的に支えるだけに留まらないところが素晴らしいですね。

多くの人々が集まる場所を作ると、物を一緒に生産するだけでなく、例えばドメスティックバイオレンスや子どもの学校のことなど、さまざまな話題が持ち上がります。そういったこともひとつひとつ解決しながら、ビジネスとして成り立つ仕組みを地元の人たちと一緒に築いていくことは、本当に意義のあることだと思います。バイヤーとサプライヤーという関係じゃなくて、友達みたいに力をあわせて、染料の配合をどうするかとか、幼稚園をどうするかとか、いろんな問題を現地の人々と一緒に解決しています。そういうクリエイションの現場がやっぱり大好きなんです。オーガニックをテーマにどういう面白い社会を作れるか、そのことに挑戦するのもとても楽しいです。

――フェアトレードは私たち消費者や、それにかかわる人々の意識だけでなく、社会の仕組みを変えていくという役割も大きいですね。

そうですね。大事なのは、現地の人々が経済的に自立していくのを暖かく見守りながら、自分自身が現場にも積極的にかかわっていくことを忘れないでいる、ということです。どんな企業でも、やっぱり社長レベルが現場に行かないとダメ。だから本当はCEOレベルの人々を集めたブートキャンプをやりたいんです!自分のサプライチェーンがどんなものか、自分自身できちんと把握していないと、ビジネスモデルも古いままで変わらない。その正しいあり方を見せたいですね(笑)。(取材・文=freesia編集部 撮影=太田隆生)

____________________________________________崩壊した「ラナ・プラザ」ビル____

★Bangladeshのビル崩壊のつづき★

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なぜここまで被害が及んだのか?

原因は、ビルの違法建築とビル上層部に設置された大型発電機(4基)で崩壊時間に朝の通勤ラッシュ帯だったことがここまでの負傷者を出したといわれている。

崩壊発生の前日にビルに亀裂が見つかり、建築基準に満たない鉄筋コンクリートやレンガなどが多く使用されていたことが発覚する。さらに同ビルは8階建ての商業ビルだが、5階から上の階は建築許可を取らずに違法増築したことも明らかとなる。
ビルの使用停止をうけたが、ビルのオーナーはそれを無視しテナントには一切報告しなかったのだ。

欠陥だらけとわかったラナ・プラザ。

崩壊を呼んだのはビルの上層に設置した大型発電機の振動だった。
限界にだったラナ・プラザに設置された4基の大型発電機の振動が、縫製工場内にある数千台のミシンの振動と一緒になり、崩壊を誘発したという。

通常の耐震強度をクリアしたビルでは、発電機やミシンでビル崩壊することはあり得ない。
しかし、ラナ・プラザは震度0の揺れで崩壊してしまったのである。犯人のオーナーはソヘルラナは28日に逮捕されている。事故後の28日、生存者捜索の打切りを決定。
重機によるがれきの撤去作業を開始された。翌日の29日までの死者確認数は約400人と発表されていた。事故発生17日目の5月10日には3階の残骸部分から女性1人、レシュマ・アクテルが発見された。彼女レシュマ・アクテル(当時18歳)は、崩壊した3階の残骸部分に埋もれていたところを救助隊員によって発見されている。
救助時、瓦礫の下から救出された彼女は衰弱していながらも意識はあり、17日目の悲惨な状況から救助ということで大きくメディアに取り上げられた。
レシュマ

なぜレシュマ・アクテルは助かったのか?

ビル崩壊した際、瓦礫と瓦礫の間に真っ暗な狭い空洞空間ができ、レシュマ・アクテルはちょうど体が助かる形となった。暗い空間ながらも、17日も生き延びられたのは、乾燥食品とペットボトル1本の水で、命を繋いでいたという。 瓦礫の下で、レシュマ・アクテルの周りにいた人たちと声をかけ励まし合いながら耐えていた。 しかし、救助された17日目にはレシュマ・アクテルだけしか生還できなかったそうだ。

レシュマ・アクテルの現在
事故発生から1年後の2014年4月23日にAFPがレシュマを取材していた。

バングラデシュで昨年起きた縫製工場ビル崩壊事故で、発生から17日目に救出され「奇跡の人」となったレシュマ・アクテル(Reshma Akhter)さん(19)──あの大惨事から1年がたった今、レシュマさんは結婚し、新たな職に就いている。
 首都ダッカ(Dhaka)近郊で昨年4月24日に縫製工場が入る8階建てビル「ラナプラザ(Rana Plaza)」が崩壊したこの事故では、世界の縫製工場で起きた事故としては史上最悪規模の1138人が死亡、2000人以上が負傷した。レシュマさんの救出は悲惨な災害現場に差し込んだ一条の明るい光となり、土ぼこりにまみれ意識がもうろうとした状態でがれきの中から姿を現したレシュマさんの写真は、世界中の新聞の一面を飾った。  
数千人に上った他の生存者や、現場で救助に当たった救急隊員らと同様、レシュマさんはいまだ不眠とパニック障害に苦しんでいる。しかし今年2月には同国北部にある出身地の村で結婚して簡素な式を挙げ、現在は世界的なホテルチェーン、ウェスティン(Westin)が経営する宿泊施設で得た新しい仕事を楽しんでいる。同社は事故後にレシュマさんに職の提供を申し出ていた。 「衣料縫製工場の仕事とは全く正反対。この仕事は平穏で、リラックスして取り組める」というレシュマさん。一方で、衣料工場には二度と足を踏み入れないと誓っている。
 事故現場から数メートルしか離れていない家族の家でAFPの取材に応じたレシュマさんによると、同ビル内に5つあった工場のうちの1つで働き始めたのは、事故発生のわずか22日前だったという。当時の基本月給は、1日10時間労働をこなしても4700タカ(約6000円)だった。  
あれから1年が経過したが、欧米の小売企業が拠出した信託基金からは何らの補償も受け取っていない。同基金は当初、4000万ドル(約41億円)を集めることを目標としていたが、実際に集まったのは1500万ドル(約15億円)のみだった。
 あの災害以来、信仰心がよりあつくなったとするレシュマさんは、現在も衣料業界に勤める人々と、亡くなった同僚たちのための祈りを欠かさない。「縫製工場の安全もあわせて祈っている。もう誰も命を落とさなくてすむように」  今も消えないトラウマと闘いながらも、結婚したばかりの夫との新生活に夢を膨らませ、より大きな家への転居も計画中だ。夫についてレシュマさんは、「近所に住んでいたので何年も前から知り合いでした。いい人で、私を大事にしてくれる」と語っている。
(c)AFP
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★西條さんの続き

また、家電の設備が不足していた仮設住宅や個人避難宅への支援を行なうために構想された「家電プロジェクト」では、2万5000世帯にアイロンや扇風機、エアコンや電気カーペット、冷蔵庫など大小さまざまな家電を配布した。そして、被災者自身が今後この土地で行きていくために必要な、土地の整備(瓦礫の撤去と建物の建造)と雇用創出などさまざまな問題を同時に解決するプロジェクトとして構想された「重機免許取得プロジェクト」では、1500名以上の重機免許取得にかかる費用を全額サポートしている。
その他にも、無給のボランティア3000名が組織行動の原理を参照しながら、それぞれ自律的に「学習支援プロジェクト」「就労支援プロジェクト」「ミシンでお仕事プロジェクト」「手に職・布ぞうりプロジェクト」「ものづくりプロジェクト」「ハンドメイドプロジェクト」「おたよりプロジェクト」「ガイガーカウンタープロジェクト」「エンターテイメントプロジェクト」「PC設置でつながるプロジェクト」「緑でつながるプロジェクト」「大川きぼうプロジェクト」「ふんばろう山元町」「南三陸お手伝いプロジェクト」「絆プロジェクト」「漁業支援プロジェクト」「マンガ・イラストチャリティーオークションプロジェクト」「うれしいプロジェクト」といった多くの復興支援プロジェクトを同時に展開していった。

これらのプロジェクトを支える組織体として、岩手支部、宮城支部、福島支部といった前線の支部だけでなく、また、府中、名古屋、大阪、京都、神戸、岡山、山口、九州、ロサンゼルスなどの後方支援支部も立ち上がり、徐々に全国的な支援体制を構築していった。特に、岩手、宮城、福島の前線支部は各プロジェクトや後方支部と効果的に連携し、それぞれが状況の異なる地元の求めに応じた支援活動を行っていった。
これらさまざまな支援の実績はテレビ、ラジオ、新聞、雑誌などに各メディアに取り上げられており、また日本経済団体連合会、日本赤十字社、内閣府(防災)などのシンポジウムに招聘されるに至っている。

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★ところで 鬼丸くんのこと

鬼丸 昌也

昨日の紹介文を読まれて衝撃を受けた方も多いことでしょう。
世界には、武器を手に取り戦っている18歳未満の子ども兵が、最低でも25万人は存在しています。
資源を奪い合う争いが今も起きています。
その資源は何処で消費されるのでしょう?そうです。私達の国、日本も含まれているのです。
今地球は、大きく変わろうとしています。心の時代と言われていますが、何を具体的にすれば良いのでしょう?
本日登場するスゴい人!は大学時代にNGO テラ・ルネッサンスを1人で設立しカンボジアの地雷撤去、
ウガンダなどで元子ども兵の自立支援を12年間行ってきた。
彼が過ごしてきた人生から支援の本来の在り方を教えてもらおう。
さあ・・・特定非営利活動法人テラ・ルネッサンス理事鬼丸昌也様の登場です!

「支援の本来のあり方」
私は九州の田舎で育ち、幼い頃は手紙を良く書く少年でした。相手は感銘や感動を受けた本の著者です。感想文の様な手紙でした。船井幸雄さんにも手紙を書き、返事も頂きました。
高校3年生の頃、スリランカにスタディーツアーに行きました。
そこでアリヤラトネ博士に出会い「もし君が社会を変えようとするならば特別な知識や財産など要らない。ただ、全ての人が未来を作れる力があると信じなさい」と教えられました。
大学時代にカンボジアの地雷原に行った時、地雷を撤去する人の息遣いと金属探知機の音だけで、現地で生活する人の物音が全く聞こえないことに衝撃を受けました。
地雷の問題に対してお金も、撤去技術も無く、英語も話せない、そんな自分は何が出来るのか?
僕にも未来を作る力があるとしたら何かできるはずだと思いました。まずは、見てきた事、感じた事を伝えよう!
2001年3月~12月まで色々な団体で90回程お話をさせて頂き、テラ・ルネッサンス設立を決意しました。
就職もした事の無い人間が1人で作って不安は無かったのか?と聞かれますが、正直ありませんでした。
幼い頃の手紙のやり取りから、遠く離れていても人と人は繋がっていて誰かが見てくれていると実感していたからです。
ただ、立ち上げた瞬間スグに誰かから手を差し伸べてくれるわけではなく、実際に支援を受けるまでにタイムラグがある事も心得ていました。
支援の本来のあり方は、支援をする側も受け取る側もその行為の中から自分達の置かれている課題や出来る事を認識し、この問題を解決して社会を変えようとすることなのです。
そして、同じ様な問題が起きない社会を作るために現状から学び、修正し、改善し続けること。
私は人の為に何かをした事はありません。すべて自分の為です。それは、わがままに生きる事ではありません。
人間は、自己成長に喜びを感じます。しかし、自己の成長は自分ひとりでは確かめる事が出来ません。
他人に喜ばれた時や、役に立った時に、嬉しいと感じます。人や社会との関係において以外で自己成長を感じる事は難しいのです。
自己成長の為にやっていると思えたら、人や社会を責める事無くこつこつと続ける事が出来ています。

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