世界活躍する日本人① 人物往来 ⑥ Green Farther Mr. Tatsumaru Sugiyamaインド杉山龍丸さん 160220

インドの父は マハトマ・ガンジー。インドの緑の父は 杉丸龍丸さん。

息子さんの杉丸満丸さんから 映像が送られてきた。

2月24日までしか 見られないそうなので いま 見てくださいね

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人間として、生まれてきて どう生きるか? と 時折 迷う。

天命を自分で 見つけて 必死に生きる。ヒマラヤのふもと
インドに素晴らしい森を 何百キロも 残した杉丸さんのことを

思うと・・・自分たちは なにをやってきたのだろうと 。

真摯な気持ちで 取り組まなければ・・・・

★ご子息 杉山満丸さんのコメント★

1960年代からおよそ20年にわたってインドの緑化事業に尽力し、現地で「グリーンファーザー」と呼ばれた福岡市出身の男性がいました。

「インドに緑を」と、全財産を投じて取り組んだその活動の原点には、何があったんでしょうか。

インドの人々から歓迎を受ける1人の日本人。

RKBが1971年に放送したドキュメンタリー番組の映像です。

主人公は、インドの緑化事業に取り組んだ福岡市出身の杉山龍丸です。

●杉山龍丸
「この子供たちが、インドの大地を潤していく心の泉になるだろう」

およそ20年をかけて460キロの道路沿いに木を植えるなど広大な土地を緑化し、農業も指導した杉山龍丸。

インドでは、今も緑の父「グリーンファーザー」と呼ばれています。

●今林記者
「福岡市東区唐原です。住宅が立ち並ぶこの一帯に、かつて農園がありました。この場所が、『グリーンファーザー』のインドでの活動の出発点となりました」

●龍丸の長男・杉山満丸さん
「見渡すかぎり全部、うちの土地だったという感じですね」

杉山龍丸の長男・満丸さんに案内してもらいました。広さは4万5000坪。この地は、かつて「杉山農園」と呼ばれていました。しかし、龍丸は、この土地すべてをインド緑化のために手放したのです。

●杉山満丸さん
「土地を売って、半分は税金で持って行かれると。税金払うために土地を売りよるみたいな感じやけど、『そうでもせんことには、なかなかインドで活動する資金が出らんちゃん』ということは、父が言ってましたね」

龍丸は、なぜ、そこまでして、インドの緑化に取り組んだのでしょうか?

●天皇陛下(フィリピン晩餐会)
「貴国の多くの人が命を失い、傷つきました。このことは、私ども日本人が決して忘れてはならない」

先月、天皇皇后両陛下が戦没者を慰霊されたフィリピン。

太平洋戦争中、100万人以上の現地住民が犠牲になりました。

日本兵も、およそ50万人が命を落とし、その多くは餓死だったと言われています。

当時、陸軍大尉だった杉山龍丸は、フィリピンの地で戦闘機隊の整備隊長を務めていました。

その体験の一部始終が、戦後70年の去年、長男の満丸さんによって1冊の本にまとめられました。

戦闘機隊の中で、機体の整備にあたる整備隊長は、いわば中間管理職、組織の中で苦悩する様子が描かれています。

 

●杉山満丸さん 杉山龍丸さんの資料集は 下記をクリックしてくださいね

杉山龍丸氏 関連文書アーカイブ

Mr. Tatsumaru Sugiyama-related document archive

杉山龍丸さんが設立した、

国際文化福祉協会、日印文化福祉協会発行の小冊子のリストです。

ご子息の満丸さんが作成されたリストを元に、年代順に並べています。

 
満丸さんから掲載の許可をいただきましたので、

PDFの形で閲覧できるようにしております。

データ容量が数MB~数十MBと大きいため、

ダウンロードに時間がかかることをご了承願います。

http://www.geocities.jp/kubo_yasu/

 

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